三日後、戒斗は珍しく見出しなみを整え黒板の前に立っていた。しかし、ザワザワと騒ぐ生徒の注目を浴びてだんだん不機嫌になっていく。 「ほら、静かにして紹介できないでしょ。この人は鳳戒斗さん、今日から少しの間だけど私の補佐をしてくれます。みんな仲良くしてあげてね」 ノエルに紹介され、戒斗は礼をする。 「鳳戒斗だ。短い間だがよろしく頼む」 口元を少しだけ上げ笑う戒斗を見て女子生徒が騒ぎ始める。 「戒斗の事は戒斗に聞いてね。今から授業するよ、まずは前回のまとめから」 こうして戒斗の初授業は始まった。学校という場所に通ったことのない戒斗には、どれもこれも新鮮なものだった。 放課後、戒斗とノエルは礼の教会へとやって来ていた。使われていないのが一目で分かる程ボロボロで、入口にも蔦が巻き付いていた。 「ここよ。残念だけど今は悪の気配が感じないから、いないみたい」 「そう簡単に終わるとは思ってないさ。中は入れるのか?」 戒斗が手を伸ばすと、何も無い空間でバチッ!、と電気が流れるような音がする。 「それが、わたしや他の先生達と張った結界だよ。このペンダントを持ってないと中には入れないの。これは戒斗の分だけど一つしかないから無くさないでよ」 透明な石のついたペンダントをノエルから渡される。そのペンダントを戒斗はポケットにしまい、ためらいもなく結界へ近づいた。 今度は何の音もせず結界の中へと入る事が出来た。 「教会の中へ入ったことは一度もないし、たぶん鍵がかかってると思うよ」 後からついてきたノエルが嫌そうな顔をしながら、教会のドアを見つめる。 「最悪だよ。本来、教会はわたし達天使の域なのに。なんで悪魔なんか」 「今まで使われてなかったんだ、仕方ないだろ。それより、行くぞ」 戒斗は日本刀で入口に巻き付いた蔦を切り、ドアを蹴り破り中へと入る。ノエルが魔法を唱え光が二人の足元を照らす。 二人が見つめる教会の奥にまがまがしい魔法陣が浮かび上がっていた。 「これが悪魔の使う自分の縄張りって証。これを壊せばすぐに戻ってくるよ。どうする? 壊すの?」 「いや、まだいい。逃げ道を無くしてからじゃないと面倒だしな」 一度は結界を破り、そして今も結界内にはいない。魔法陣を壊しても逃げられるのがオチだ。逃げられずに、殺す方法を考えなくてはならない。 「どうするのよ、何かいい方法でもあるの?」 「西洋の悪魔には分からない東洋の術を使う。日本から持ってきた最後の札だ」 「ふだ? 何それ」 「言っただろ、東洋の術だ。奴がいない時に仕掛けてとくか」 今日はやる事がないため戒斗は家へと帰った。そして、クローゼットの奥から漆塗りの箱を取り出し、紐を解き、箱をあける。 中に入っているのは縦20センチの横7センチぐらいの紙に、赤と黒で文字らしきものが書かれたもの。日本でよく使われている術の一つだ。 僅かしか残っていない札を全て取り出し箱を元に戻した。スーツの内ポケットに札をしまってから戒斗はベッドの中に潜り込んだ。 次の日、戒斗とノエルは再び教会の中へと入って行った。 「それが“ふだ”なの? ただの紙切れにしか見えないんだけど」 ノエルは初めて見る札に興味津々といった感じだ。戒斗は自分の日本刀の刃に自分の親指の腹を押し付けて切る。 ポタポタと流れる血を戒斗は札へとなすりつけると札が光だし、戒斗が投げ付けると自然に教会の壁へと張り付いた。 「すごーい、何これ!? こんなの私初めて見たよ」 「ここにはあまり術師はこないからな。さすがに悪魔も札の結界は壊せないだろ」 「それじゃ、いくよっ!」 ノエルが目を閉じ両手を魔法陣へと向けて掲げるとバリバリッ!と音をたてて魔法陣に亀裂が入る。黒い霧が辺りを覆う。 「……オイラの縄張りに手をだすなんて、お前ら死にたいの!?」 響く声は予想以上に幼い男の子の声。霧の中から現れたのはやはり子供。ノエルと同じ、もしくはそれより幼い男の子だった。 背中に生えた黒い翼と額にある三つめ瞳が、悪魔であることを表していた。 「子供か……」 倒しがいがないと、戒斗は舌打ちをした。 「ガキ言うな人間の分際で。オイラはこれでも503歳の立派な悪魔だっ!」 身長差のために自然と上目づかいなり、睨んでも怖くない。子供は自分の背によりも大きな鎌を取り出した。 「だが、チビには変わりないだろ」 「ぐぅっ! 気にしてるのに……もうオイラ怒った! このヴィオ様の大鎌の餌食になりなっ!」 悪魔の子ヴィオが戒斗達へと向かい走ってくる。 「甘いな、隙があるぞ」 戒斗はヴィオの鎌を日本刀で受け流し、ヴィオの横っ腹に蹴りを入れてバランスを崩したところへと刀を突き付けた。 「まだ弱いじゃん。それに725歳のわたしから見たらまだまだ坊やだしね」 「ノエル……お前そんなに年とってたのか」 初めてノエルの実年齢を知ってしまった戒斗は珍しく驚いている。 「ババアだ、ババア!」 「ババア言うなぁ〜!」 茶化すヴィオに怒鳴りちらすノエル。実年齢がどんなに上だろうと、子供っぽい二人に戒斗は溜息をつく。 戒斗は二人が言い合っているうちに亀裂の入った魔法陣を叩き切る。魔法陣は音をたてて砕け散った。 「あぁ〜! オイラの魔法陣がぁ〜!」 「えへへ! ざまぁみろ〜。戒斗ナイス!」 粉々になった魔法陣を見てヴィオは膝をついて泣き崩れ、反対にノエルは笑顔を見せて戒斗へと手を振る。 「ど、どうしてくれるんだよっ! セシルのダンナに怒られる、殺されるぅ〜。……って、事で暫く庇ってくんねぇ?」 「なぜ俺が……」 「お前のせいだから。セシルのだんなが俺の事を忘れるまででいいからさ。なぁ、たのむよ〜」 「……少しの間だけだ」 ヴィオは戒斗の足に縋り付く。いつまでもそうされても困るので戒斗は渋々頷いた。 「マジでっ! ありがと。えっーと、戒斗だっけか? よろしくな」 「ちょっと、戒斗! 何でそんなことするのよ、こんなチビなんてほっとけばいいのに!」 今度は喜ぶヴィオとは反対にノエルが文句を言う。またもやケンカが始まりそうな子供二人組をほっといて、戒斗は教会をでようとする。 「あ、戒斗、まてってば。オイラお前の家知らないんだからな?」 「何で悪魔のアンタが戒斗の家に住み着くのよ」 「ババアには関係ないだろ!」 「ババアじゃな〜い!」 「お前ら帰らないのか?」 こうして戒斗の家には一人の居候ができました。 めでたし、めでたし。 (めでたくなーい! オイラ、セシルのだんなに殺されちまうよ〜!) まだまだ戒斗のハプニングだらけの人生は続く。 ACT.16 天使と、悪魔 END |