SIDE エリック
エリックは頭に冷たいものを置かれたことで意識を取り戻し焦点の合わぬ瞳で辺りを見回す。
「あっ、気が付いたんですか」
焦点の合わぬ瞳を声の主に向ける。そこには茶色の髪に緑色の瞳を持った男が立っていた。
慌てて起き上がろうとしたところを男にやんわりと押さえつけられた。
「まだ、起き上がってはいけませんよ。貴方は体中傷だらけで弱ってるところを長時間、雨に打たれ続けたせいで熱までだしたのですから」
そう言って男は落ちた布をエリックの額に置き直した。
「あなたは……」
エリックは熱であがる息をしながら男に尋ねる。
「私の名はカインといいます。まだ、熱が下がっていないのだから寝ていてくださいね」
そう言い残してカインは桶を持って部屋を出ていった。残されたエリックも疲労の為かすぐに睡魔に襲われ意識を手放した。
「どうだったカイン。彼の具合は」
「まだ、何とも言えないね。体力はだんだん戻ってきているようだけど、まだ、熱は引いてないよ」
すこし小声でカインとノエルは会話する。
「でも、カイン、わたしがいて良かったね。翼の手当ての仕方なんてわからなかったでしょ?」
「あぁ、そうだね。とりあえず粥と夕食の仕度でもやろうか、ノエル手伝ってくれる?」
は〜い、とノエルが返事をし、二人はキッチンへと向かった。
“ここは何処だ?”
辺りを見回しても何も見えなかった。
“なっ、父上! 母上! 生きていたのですね。あっ、待って、行かないで下さい。私をもう置いていかないで下さい!”
「ち、ち上……母上……」
ふと、頭を撫でられる感触がした。その手は父や母の温もりに似ていた。そして、少しずつ意識がはっきりし、瞳がカインの姿を捉える。
「先程よりは顔色は良いですね。大丈夫ですか、うなされていたようですが」
カインは心配そうにのぞき込むがエリックは黙ったままだった。
「その様子から見て名前は? と、聞いても答えてはくれそうにありませんね。では、せめてこの粥だけは食べて下さい。少しでも胃に何か入れとかないと薬が飲めませんから」
そう言ったカインから粥を受け取り窺わしい目で粥を見ていると、粥を作ったカインが毒など入ってませんよ、と心外そうな目で語った。
その言葉を信じ一口粥を口に運ぶと、懐かしい味が口に広がりあっという間に平らげてしまった。
「はいどうぞ、解熱剤です。あっ、やっぱり信じてませんね。大丈夫ですよ、貴方の持っていた薬ですから」
水と薬を渡され少し戸惑っていたが自分のだと知り薬を口に放り込み水を含み胃に流しこみカインを見る。彼は今、キッチンから戻り本を読んでいた。
「貴方は何故、私を助けた。私はあの時、人の格好をしていなく獣人の姿をしていなかったはずだが?」
「姿が違うせよ、死に掛けている者を助けない訳にはいきません。それに私の同居人は天使なんですよ。背中に翼のある姿なんか見慣れました」
「カイン〜! 獣人の彼、起きた? うん、少しは顔色が良くなったね」
カインが言い終わった同時に金髪の少女が顔を出し笑った。
「初めまして、私はノエル。それにしても翼が駄目にならなくて良かったね」
ノエルは自分の紹介をすると包帯に巻かれたエリックの翼に触れた。
「助けてくれたことは感謝しますが――お人好しとよく言われませんか?」
「その言葉は私がカインに言っている」
ノエルの言葉にカインは苦笑いを浮かべた。そしてようやく安心したのかエリックは微かに笑みを浮かべながら彼等を見ていた。
「やっと、笑いましたね」
「え?」
「本当に獣人の民って警戒心強いんだね、ましては鳥って孤高の奴が多いんでしょ」
二人が楽しそうに笑う、その様子にエリックもつられて笑った。
「えぇ、こんなに人を信用したのは久しぶりです。カインさん、ノエルさん。改めて礼を言います。助けて下さてありがとうございます」
「それより名前、教えて」
「あっ、済みません。私の名前はエルリック・アッシュ・クロフト。エリックと呼んでください」
「ねぇ、エリック。一つ聞いていい? 何であそこに血を流して倒れてたの? もしかして軍を追われる――」
「ノエル」
慌ててカインが咎めるが、ノエルの口から軍を追われるという言葉を聞いた時点でエリックの顔は険しくなっていた。
「いつ、私が軍の者と分かりました」
「貴方の服に入っていたこれを見てからです」
カインが苦虫を噛み潰したそうな顔をし、エリックに一枚のカードを差し出す。
それは軍から発行された身分証だった。
「なるほど、助けて頂いたからには言わなくてはなりませんね」
エリックは険しい表情から切なそうな表情へと変わりカイン達を見る。
「エリック、普段通りの話し方で構いませんよ。私もそうしますし」
「そうそう、なんか今の敬語、無理して使ってるって感じがするのよね」
その言葉にエリックは苦笑いを浮かべた。
「では、お言葉に甘えさせてもらう。私はロシア軍で軍医として働いていた。しかし、それは表側で私は獣人のスパイとして軍という中から人間を見て、族長に人間はともに歩めるかどうかの報告していた。そして、あなた方が私を見つけた日に陸・空・水の三部族が会議を開き、陸・水は人間たちとの共存を求め、私が属していた空は彼等を裏切り新たなる指導者と呼ぶ者の元へといった」
「では、貴方がここに居るという事は」
「私は獣人の裏切り者だ。もう、陸・水の元には戻れない。しかし、空族はまだ、私を連れ戻したいらしい。そうでなければ、私は生きてはいないからな……一つ頼みがある。翼が治るまでここに置いてはくれないだろうか、傷が治ったら出て行く」
そう言ってエリックはカイン達に頭を下げた。そんな彼に顔を上げるように言うとカインは微笑んだ。
「エリック、俺達は構わないけど。一つ条件がある。簡単な家事は手伝う事、良いね?」
何を出されるか心配していたエリックはその言葉に安堵し、それぐらいならと、笑った。
取り敢えず、短い期間エリックはカインの家に世話になることになった。
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