SIDE 戒斗 先日のダンバッハ家のパーティを終え、家に帰ると水晶に二通のメールが届いていた。 一通はダンバッハ家から、もう一通は差出人不明だった。 「ダンバッハ家のメールはまたニルヴァーナが盗みに来るのか……。厄介な奴らに目をつけられ不運というべきか、それとも自業自得か……」 差出人不明のメールは決闘状だった。 場所はエフェリオ――この街から東へ20キロの所にある地下遺跡だ。そして、ダンバッハ家が管理を行っている遺跡でもある。 戒斗の頭に浮かんだのは、先日剣を合わせた少女だった。少女の力はあんな物ではないはずだ。 おそらく今までの相手が悪かったせいで、自分の力を過信し人を甘く見ていたのだろう。 「ダンバッハの方はカイン達に頼めるといいが……。楽しくなってきたな」 カインにメールを送ると自分は愛剣の手入れをしながら少女と戦う日を思い描いていた。 メールが届いた事を知らせる電子音が部屋の中に響く。 「ノエル、見てくれるかい?」 「はい、は〜い」 キッチンで朝食を作っていたカインとノエル。 フライパンから手が離せないカインに頼まれノエルがリビングの水晶に届いたメールを開く。 それは戒斗から届いたメールだった。 内容は『ダンバッハ家に再びニルヴァーナが来る。高額の賞金首だから一応伝えておく』と戒斗の性格を現すように簡潔に書かれている。 「誰からのメールだった?」 「戒斗からだよ。ニルヴァーナが、まーたダンバッハ家に盗みに入るらしいって報告」 良い匂いを放つ皿を両手に持ったカインがリビングにやって来る。 皿をテーブルの上に並べるとノエルはソファーに座った。 「ふ〜ん、まぁ、取り敢えず」 「いっただっきま〜す!」 「いただきます」 二人はパクパクと朝食を食べ始めた。 「うん、今回の味付けは中々美味く言ったね」 「ん〜、わたしはもうちょっと甘い方が良いな」 「ノエルに合わせたら俺が食べられないよ」 困ったように笑いながらカインはメールの内容を確かめた。 「ねぇ、どうするの? 受けるの?」 わくわくしているのか、ノエルは落ち着きが無く動いている。 「ノエル、食事中には席を立たない。……断ろうか」 「えぇ〜。どうして? あの人なら大金ぼったくれるのに」 カインに注意され、ソファーに座るもののカインの出した決断に納得のいかないノエルは、食事に手をつけず膝の上にのせたクッションに顔をうずめた。 「大金はたしかに魅力的だけどね。……ノエル、何の為に俺と君が手を組んで賞金稼ぎをしているか、忘れたわけじゃないだろ」 真面目な表情で言うカインの言葉に、ノエルは顔を上げカインと目を合わせた。 「忘れてなんかいないよ。賞金稼ぎになったのは賞金首の情報が手に入りやすいから。そして、あの男を……見つけ出して殺す為でしょ? 私と貴方から大切な物を奪った男を……」 感情の篭らない淡々とした口調でノエルが言う。 その外見に合わない言葉はノエルの実年齢から来る物だった。 「うん、だからニルヴァーナに関る必要はもう無いんだ。戒斗の話じゃリーダーのシオンは16の子供だって言うしね」 「それじゃあ、あの時には生まれたての赤ん坊ってこと? だったらあの男について知ってる筈無いか。あの男がヨーロッパから消えたのは十年も前だしね……ってカインそれ私のタコウィンナー!」 カインの口の中へと消えていったウィンナーを見てノエルが叫ぶ。 今までの真面目な空気は何処へ行ったのかいつもの明るい空気が戻った。 「早く食べないノエルが悪いだろ。食器が片付けられないよ」 そう言いながらノエルの皿へと手をだそうとするカイン。 「だめー! ちゃんと食べるからもう少し待っててよ」 その手を叩いてノエルは食事の続きを始める。 急いで食べたせいでのどを詰まらせたのか慌てて水を飲む姿を見てカインは微笑んだ。 「戒斗の手伝いをしない理由はね。ニルヴァーナに用が無いからだけじゃないんだ」 食事の手を休めずノエルは大人しく聞く事にした。 「賞金稼ぎでもディライアもどちらかというと裏の世界に当てはまる。実際、俺も君も賞金稼ぎになった理由から裏の世界を生きている。でも戒斗は違う。確かに彼だって今は影を持って生きている裏の人間だ。けれどいつかは彼を表へ連れ出してくれる人が来てくれる、そんな感じがするんだ。だから必要以上に関わらない方が彼の為なんだよ。裏の世界から抜け出せない俺達と違って彼はいつか表へと出て行くだろうから……」 「その時邪魔になりたくない……ってことね。でも、戒斗はそんなに弱い人間じゃないよ。私は天使だから分るの、戒斗の魂の輝きは誰よりも強い。別れを引きずるような弱い人間じゃない」 「だからこそ、表に出られるんだろう。さて、片付けようか」 空になった皿を重ねて、カインはキッチンへと向かう。 大きいはずのその後ろ姿が何だかいつもよりも小さく感じられた。 (むしろ別れを引きずるのは貴方の方……だから、自分から離れたんでしょ、カイン) 「ノエル〜? 早くお皿持ってきて」 「はーい。今行くよ」 自分の分のお皿を持ってノエルはカインを追ってキッチンへと向かった。 そして二人で片付けを始める。いつもと何の変わりも無い一日が始まろうとしている。 その後、カインのだしたメールの返事は――NOだった。 |