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嗅覚レイプ


「睡眠欲・食欲・性欲って人間の三大欲求があるじゃないですか」

雨戸の隙間から目を離さないまま、山崎はさっきから口を動かすことを止めない

この部屋に土方が入ってからずっと、微動だにしないまま窓辺に座って、ほんの
少し顔を動かすことすらない。

いや、恐らくここ数日、
あるいはこの張り込みが始まってからずっと。
置物のように固まったまま、この男はこうやってただ外を見ていたのだろう。

細い隙間から入る、僅かな光りに照らされた横顔を見ながら、土方は煙草に火を
着けた。

「やっぱり人間の欲望って一定量であって、どんなに聖人みたいに欲を削っても
、バランスが悪くなるだけで実際消滅出来るモンじゃないと思うんですよね」

暗い部屋に浮かび上がる、不精髭に被われたこけた頬、尖ってしまった顎から筋
張った首への線。
茶色い硝子のような瞳は外へ向けられたまま、土方の方へ向かうことはない。

絶えず動き続ける唇を除けば、まるで造り物のようだと土方は思い、
いや、造り物にしては生々し過ぎるかと、すぐに自分で自分の思いを否定した。

それからため息の代わりに煙りを吐き出す。

吐き出された紫煙がゆらゆらと、細い隙間を目指して流れ、外へ逃げて行くのを
苦々しく眺めながら、土方は無意識に自分の首を撫でる。

重さすら感じるような生々しさの原因は、口以外はピクリとも動かさず、窓辺に
もたれるように外を見る山崎から発する「臭い」。
この狭い部屋に充満し、澱む一個体の臭いが、足を踏み入れた時から自分に纏わ
り付くようで、土方は息苦しさを覚える。

「だから、張り込み入るといつも俺寝ないし、食わなくなるもんで……」
「風呂」

ペラペラと、普段には似合わない饒舌さで喋り続ける山崎の話を遮り、土方は声
を出した。
渇いた喉と舌を無理矢理動かしたせいで、口内がヒリつくようだ。

「風呂ぐらい、入ってる間はねぇのか?」

口を動かすのは止めたものの、相変わらず外へ向けられたままの横顔に尋ねれば
、微かに口角を上げたのが見えた。

「臭いますか?」

何故か楽しそうに山崎の声が弾む。
同時に身体から発する体臭が膨らみ、体温が上がったのが空気を伝って土方に分
かる。

「最初は隙を見てシャワー浴びたりしてたんですけど、ここ何日か向こうの出入
りが多くて」

もうこの部屋、完全に俺の臭いになってるから自分じゃ分からないんですけどね


そう言って小さくフフッと笑う山崎の顔は相変わらず外を向いたまま。

「ねえ、副長」

歌でも歌うように、甘い響きを含む声。
向けられた首筋が少しずつ色を変え、血が通っていくのと一緒に密度を増す雄の
臭い。

「俺、さっき副長が入って来たの、すぐ分かりましたよ」

のしかかって来るような息苦しさに視線を落とせば、動くことを忘れた足元にク
シャクシャになった花紙が散らばっているのが目に入った。
土方はこの部屋を満たす臭いが形を成して、自分の身体を拘束するような錯覚に
捕われる。

「たくさん、副長のこと頭の中で抱いたのになァ」

ヤツラ見張りながら、それこそ猿みたいに。

ゾクリと身体に走る悪寒に顔を上げれば、嫌だなァ、仕事はちゃんとしてますよ
、といつもの調子でぼやいた置物の手だけが、ユルリ、動く。

「ねえ、ふくちょ」

膨らんでいく臭いに合わせるように、甘えた声は閨だけでの呼び方。
ユルユルと動く手が、己の袴を紐解き、パサリと足元に落ちる。

「臭いの記憶が1番強いって案外ホントっぽいですよね」

副長の臭いだけで、ほら。
視線は外に向けたまま、着物を開けて見せられたソレは、粘つくような、より濃
い男の臭いを放ち、土方はクラリと頭の奥が麻痺していく。

「ふくちょ」

膨らむ臭いに押さえつけられるように目を閉じれば、甘やかに響く声が空気を掻
き交ぜる。

「綺麗にして下さい、副長の舌で」

捕らえられた錯覚に、抗えないまま。
混ざり合った臭いに酔わされたように、土方はひざまづいた。



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