息を呑むほど、
もう暦では夏に近づいているというのに、未だに気温が安定せずにいる。それは
もともと体調管理の甘い土方にとって大敵であり、もはや対処しがたいものだっ
た。山崎は土方を気遣い、近くで世話を焼く。土方は鼻が詰まるせいか頭がうま
く回らずに、ただただせわしなく働く山崎の背中をゆったりと見ているばかりで
ある。
「山崎、すまんティッシュ取ってくれ」
山崎が振り向くと今にも嚔をしそうな土方が居た。鼻の粘膜が刺激されて起こる
、発作的に激しく息を吐き出す生理現象にさすがの土方もむず痒そうに顔を歪ま
せている。早く、と催促した途端に限界が来る。だらしない声を発して仕方なく
洟を垂らす。いたたまれなくて鼻を啜りながらもう一度、山崎ィまだか、と促し
た。
はいよ、返事と一緒に伸びてきた山崎の手には何もなく、そのまま長い指が土方
の頬を掴まえる。驚いたように仰け反る土方の滑稽な、それなのにひどく整った
顔は山崎の背筋を震わした。このタイミングで行われる接吻など土方には到底理
解できなかった。否、それどころではなく山崎は唇の次に土方の洟を舐めとった
。
「ばか、おまえそれ」
「なんです?」
「汚い」
「まさかそんな、」
土方の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。軽蔑したのだろうか、山崎はぼんや
り考えながらもう一度だけ舌を這わした。いよいよ気持ち悪くなったのか、土方
は小さく短い息をさらに押し殺すようにして山崎の瞳を覗く。その瞳には心配そ
うに眉を顰める土方が映っているだけであった。
「大丈夫ですよ」
俺、土方さんのこと好きなんで。山崎は飄々と言ってのけた。理由らしくない理
由を投げつけられ戸惑う土方は相変わらず目をぱちくりさせながら山崎を見つめ
た。山崎は尚のこと嬉しそうに語る。
「好きなひとの出した鼻汁なんて俺、余裕ですよ。なんなら土方さんのいわゆる
先走った時に出る汁だって、ああもちろん土方さんの息さえも愛おしいです」
そう言いながら今度は土方の口を塞ぐ。甘い行為とは違い、山崎は自分の吐息と
微量の唾を土方の喉奥に押し込んだ。苦しそうに喘ぐ土方は肩で息をするのが精
一杯であった。そしてその吸い込む息は新鮮な外気ではなく一度山崎という他人
の肺を回った空気である。
「げほ、」
「苦しいです、か」
まるで前と違っているように感じた山崎が、一瞬だけ元の気弱に戻ったように土
方には見えて思わず息が詰まった。だからこそ、目の前で自分の息を呑みたがっ
ている男を受け入れてしまうのだ。
「、平気だから続けろ」
絆されたわけではない、土方は懸命に理解しようとした。山崎の持論と、それか
ら自分がその男に惚れ込んだ理由を。土方の了承を貰った山崎は水を得た魚のよ
うに生き生きと舌を絡めた。土方はただ、こいつは頭が悪いのだと決め込んで山
崎の、彼なりの抱擁に応じた。しかしながら不意に、もう戻れないと思った。
モドル
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