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無い空洞


私にとって、長谷川泰三という人は憧れだ。
入国管理局を去った今でも、私の中での局長はあの人しかいない。
同じベッドで眠り、愛を囁きたいと思うのも愛情を性行為で伝えたいと思うのも、あの人だけだ。

彼の前に、局長として君臨していた男のことを思い出すだけで腹が立つ。
あいつが仕切っていた入国管理局は、それはもう散々だった。
どこの組織にも大なり小なりの派閥というものは付き物だが、うちのそれは目に見えて幼稚だった。
あいつは自分の意見に対してYESか、はいと答える奴しか傍に置かなかった。
なにより反対意見の人間には、減給や左遷は当然で態度が気に食わない。といきなり部下を殴りつけるような最低な人間だった。

そんな男に必死で媚を売り、取り入ろうとする者、どうにかして局長の座から引きずり落としてやろうとする者とで別れていた。
私は後者の人間だったが、たった一人。そう、彼だけはどこにも属さずに、ただタバコを吸いながら「めんどくせぇ」と言っていた。

年度末の忙しい時期、経理の人間が今にも死にそうな顔をしながら、何度もどこかへ電話をかけているのを見かけた。
その原因は、会社の金の使い込み。その額はなんと奥単位だという。
どうして今更になって気付いたのか。落ち着いて考えれば、答えは簡単だった。
あの男と、その取り巻きとがグルになって会社の金を使っていた。それだけのこと。

私にとっては、それだけのことでも入国管理局、その上の幕府、ある意味幕府よりも力があるかもしれない世間では大問題になっていた。
日々、マスコミが管理局に押し寄せ一方通行なインタビューをしてきたり、「税金泥棒が!」と罵る電話やときには爆発物が届いたりと、ストレスが溜まる日々でも彼はいつもと同じ様子でタバコを吸い「だりぃ」と言って裏口からコーヒーを買いに行った。


使い込み、傍若無人の入国管理局局長、解任 そして新局長は最年少38歳


そんな見出しの新聞を読んだ朝、私は寝癖を直すのも忘れて走った。
出勤時間までには十分余裕がある。けれども私は、新聞にある新局長が本当に彼を示しているものなのか、本人の口から聞きたくて急いだ。
息を切らして局に着いたが、私の探している彼はおらず代わりに年配の職員から彼は朝早くに幕府へ出かけていった。と聞かされた。

その日の私は、普段吸わないタバコを何度も吸い、妙にイライラしているのを同僚に指摘されて更にイライラした。

17時の定時を過ぎても彼は局に戻ってこなかった。
もしかすると、そのまま自宅へ帰ってしまったのかもしれない。けれど、私は彼がここへ帰ってくる予感がした。
すぐ近くのコンビニで、半額になった弁当とお茶を買って局へ戻ったらそこには一日待ちわびた彼がいた。
いつもと同じように遠くを見つめながらタバコを吸っていたが、一つだけ違った。
真新しい局長の制服を着た彼は、私に気付くと少し居心地の悪そうにしながら笑みを浮かべそっと顎のヒゲを撫でた。
警備員すら帰ってしまった局内は、この部屋以外の電気はすべて消されてしまい廊下には非常灯のみ。
そんな少し薄暗い中で佇む彼、局長がとても綺麗に見えた。

「お前は今日、残業か?」

私の手にあるコンビニ袋を指差して尋ねる彼に、あなたを待っていたんです。なんて言えるわけもなく、ただ頷いて誤魔化し新しい局長をもっと近づいて見たいと思って距離を縮めた。
局長との距離が、あと2歩程度のところで足を止め悟られぬように息を吸い込む。
今日は忙しくてタバコが吸えなかったのだろうか。いつもの匂いがしない。
そして、私は思い出したように言う。

「局長就任、おめでとうございます」

それからの私の毎日は幸せだった。
自分で言うのもどうかとは思うが、もとから仕事は出来る方だったから自分の仕事以外にも、局長の仕事を手伝い3カ月もしないうちに入国管理局局長補佐、という素晴らしい仕事を与えてもらった。
目を離すとタバコを吸いに公園へ行ったり、なにかにつけてめんどくさい。と言う局長を宥めるのが楽しかった。
しかしなぜだろうか、幸せな日々というものは長く続かない。

局長が、入国管理局を首になった。
今思うと、あの時私がそばにいたのだから止めることが出来た筈なのに。
でも、あの日の局長が一番カッコよく見えた。だから止めることが出来なかった。
逃げるようにして入国管理局を出て行った局長とは、それきり連絡が取れていない。

局長のいない入国管理局は、いらない。
辞表を提出しにわざわざ幕府まで出向いたのに、今度は私に局長をやれと言う。
私にとっての局長はあの人だけなのに。
それからの毎日は、ほとんど覚えていない。ただ局長としての仕事をこなし、簡単な食事をし、そして眠る。
その繰り返しで、なにもない。タバコの匂いも、サングラスの隙間から時折見える真摯な瞳も、もうここにはない。

そんな灰色の日々を繰り返すだけの私に、封筒が届いた。
差出人はなかったが、消印は歌舞伎町となっている。
厚みは特になく、振ってみるとカサカサと紙が動く音がする。
爆発物の類ではなさそうだ。はさみを使って封を切ると、いくつかの写真が入っていた。
その写真には、私の愛している彼。
あられもない姿。泣きながらも、喉の奥まで男の性器を咥え、しかも自らのそれまでも握っている。
男の腹部に跨り、自ら尻穴を広げそして男の性器を支えるように握り、挿入する瞬間。

写真を手にした私の手は震えていた。
緊張と、興奮。
すべての写真を見終わった頃、私は床に座り込み息を荒くさせながら勃起した性器をどうしようかと悩んでいた。
風呂に入る前に抜いてしまおうか。大事な彼の写真をフローリングに置き、ズボンに手を掛けようとした時写真の裏に文字が書いてあるのに気付いた。

内容は、この写真以上に乱れる彼を見たいのなら、来い。と日時と場所を指定された。
私の立場を妬む者が、罠にハメようとしているのだろうか。
写真をもう一度裏返し、いやらしい姿の彼をまじまじと見つめる。
考えずとも、答えはもう出ている。
彼が局長を辞めてしまったあの日から、私の心は、日々は空っぽだ。

手紙を受け取ってから2日間、まともに眠れなかった。
眠ろうと目を瞑っても、瞼に焼きついた彼の痴態が睡眠しようとする私を妨害する。
それだけでなく、私の邪な意識が下半身を攻めるからそれをどうにかして処理しなくてはいけない。
自ら握り、扱き、彼の名前を呼ぶ。耳や首筋、乳首を指先で触るとそれだけで達してしまいそうになった。
そんなことばかり繰り返していたら、眠くなるはずなのに体は熱を帯びたままで。
そんな微熱のような体とともに朝を迎える日々。
そして、今日。

指定された場所は、初めて行くラブホテルだった。
ラブホテルというよりは、連れ込み宿というほうが正確かもしれない。
歌舞伎町のネオン街からそっと離れた場所、壁と扉に蔦が伸びきったそこで私はもう一度彼に会う。

周囲を軽く見渡してから扉を開ける。
生暖かい、いやな風が私を出迎える。どうやら、ここはもう本来の意味で使われていないらしい。
受付に人はいなかったし、壁には下品な言葉の落書きや所々にガラスの破片が散らかっていた。

入り口から一番近い部屋、蝶番が壊れ半分以上が開け放たれている。
扉の向こうがわには彼が、長谷川泰三がいた。
この2日間、眠ることなく考え続け、隙間だらけの脳内で愛し続けた彼。
その彼が、白髪の男に抱かれている。

そこから聞こえる声。

「ほら、もっと腰振れって。俺だけが動くんじゃつまらねぇだろ?」

木で出来た簡素なベッドの上、四つんばいにした彼の体を、後ろから白髪の男が攻め立てる。
細い腰を掴み、乱暴に抜き差しを繰り返す。
ベッドがギシギシと今にも壊れそうな音を立て、時折男が彼の尻を叩き、見下したような笑みを浮かべる。
今度は男が、ベッドの上で喘ぐ彼の腕を引っ張り上体を強引に起こす。
彼の体は細く、あばら骨と鎖骨が皮を突き破ってしまいそうなほどに浮いてしまっている。

彼の甘い声。掠れた声。息継ぎで喉が擦れる音。
男に引っ張られて、今にもちぎれてしまいそうな細い腕。
真っ赤に染まった頬と、充血した性器。

彼の痴態にばかり目を奪われていたが、ひどい殺気を感じた。
彼を抱く白髪の男と目が合う。
真っ赤な瞳。その目は血を連想させ、男の背後に修羅を見た気がした。
そして男は無言で私に語りかける。

前に進むのも、後ろへ戻るのも許さない。
お前はただそこで、一人寂しく右手と仲良くしてな。

男の全てを見透かしているような視線に耐えきれず、ただ喘ぐだけの彼に目をやるが視線が重なることはなかった。
彼はただ与えられる快感だけを受け入れ、遠い過去の私には興味がないのだろう。

かつては銃を握っていた手が、必死にシーツを握りしめている。
他人に背中を預けようとはしなかった彼が、今は男にすべてを預けもうすぐ限界を迎えようとしている。
彼の喘ぎが、ベッドの軋む音が、私を蝕む。

彼の早くなる呼吸、白くなる指先、はち切れそうな喉。
足の力が抜け、その場で膝を折る。その後は、自然と手が下半身へ伸びていく。
ズボンを脱ぐ時間すら惜しく、適当に前を広げ下着の中へ手を入れる。
触る必要がないくらいに、すでに先端から汁が溢れ実際に触ると、背中から股間へ一瞬にして電流が走ったような感覚だった。
早くも達しそうになる性器を強く握り、唇を噛む。

男が彼の背中に爪を立て、そして遠慮なく噛みつくその瞬間に、息を飲み強張る表情。
今にも壊れそうな彼の姿が美しく見える。
痛みに耐えているのか、その痛みが快感をもたらすのか。
彼は涙と涎を垂らしながら悦んでいる。

射精をせき止めるために強く握ったはずなのに、それがまた全身を痺れさせる。

彼は何度達したのだろうか。
腹部は白濁と先走り、そして時間がたって固まった白濁の飛沫で汚れている。
肩や胸、足の付け根に歯型と口吸いの痕。
そこで私は、彼の体に対して覚えた違和感の意味を知る。

成人男性なら生え揃っているはずの陰毛が、彼にはない。
よく見れば、足の付け根だけでなく本来なら毛が生えている場所にも口吸いの痕があった。
その場所は、彼の体のどの部分よりも真っ白で美しいと思った。
少年のような色をした下腹部、しかしそこで勃起している者は逞しい成人のそれで。
変声期の少年のような不安定な声で喘ぎ、尻穴に同性の性器を銜え込む。
そのアンバランスな姿が、興奮させる。

男が彼にするのと同じように、強く握ったまま激しく乱暴に擦る。
手の中が熱い。体中の熱のすべてが股間に集中するのを感じる。
コップの中の水が揺れながら、フチぎりぎりで零れずにいるイメージ。
あと少し、あと少しで。

溢れそうになる、
溢れそうにな、
溢れそうに、
溢れそう、
溢れ、

頭も目の前も真っ白になる。
床に倒れ込む瞬間、彼と目が合った気がした。
床に倒れ込んだ瞬間、男と目が合った。
最後まで冷ややかで、残酷だと思った。

壊れた扉がバタンと音を立てて閉じた。
私の中の空洞が、音も立てずに崩れた。

扉一つ向こうの世界で、男が彼に優しい声で「愛している」と囁いたのを私は知らない。
彼が男の唇にキスを送り、「俺も愛している」と答えたのを私は知りたくない。





モドル












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