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Remedy
節分ネタ
年明けの慌ただしい日々が落ち着いてきた頃、王宮の厨房に一人の青年がいた。


「これを、こうしてっと……。うん、上出来かな」


テキパキと片づけを終わらせ、満足そうな表情をした彼は、出来上がったものを盆に乗せ、布をかけでそれを手にした。
そして、厨房をあとにしたのだが…。
人目を気にするその挙動は、あまりに不審なものだったと、彼を見かけた侍女はのちに言った。



・・・・・・・・・・



厨房を出た彼、琥珀は、何かを探すように上の方を見上げながら歩いていた。
しばらくそうしていると、彼の視界に燃えるような赤毛がちらついた。


「あ、いたいた。おーい、マスルール!」


声をかけると、彼はむくりと起き上がりこちらを見下ろした。
どうやら屋根の上でいつものように昼寝をしているだろうという読みは当たったらしい。


「今朝のやつ、出来たんすか」

「ああ。約束どおり、ちゃんと君の分もあるよ」


かかっていた布を外し、琥珀が差し出したお盆の上には、黒い円筒状のものが乗っていた。
とりあえず、降りておいでよと言われ、赤毛の青年、マスルールは屋根から飛び降りた。


「これが今朝言ってたやつね」

「……これが」


黒い筒状のものの中には生魚が包まれている。また、どこか鼻につく酸っぱい匂いもする。
盆の上のそれを見つめる彼は、未知の食べ物に無表情ながらも興味津々で、些か目が輝いているように見えた。
早速食べようと手を伸ばすマスルールを慌てて琥珀が制した。


「まだダメだって。決まった食べ方があるんだから。えっと…あっち向いて食べたいんだけど、いい場所あるかな?」


止められたことに、おあずけをされているようで不満を感じつつも、マスルールは渋々と手を引っ込める。何やら決まった方角を向いて食べる必要があるらしい。
手頃な場所がなく困っている琥珀を見たマスルールは、布を再び盆にかけた。


「ん?どうした…」

「ちゃんと持っててくださいよ」

「え、それどういう…うわぁっ!?」


突然の浮遊感に驚き、体が硬直してしまったが…気づけば先ほど彼が寝ていた屋根の上に下ろされていた。


「ここなら、どこでも向けます」

「ああ………なるほど。ありがとう、マスルール」

「いえ」

「じゃあ、ここで食べようか」


そう言って琥珀は腰を下ろし、盆の布を取り去った。
一瞬、ぐちゃぐちゃになっていないか不安になったが、そのあたりはちゃんと加減をしていたようだ。


「これが『恵方巻』。一年のうち節分って言う日に食べるものなんだよ。毎年決まった方角を向いて、無言で一本食べきるんだ」

「無言すか」

「そう。その間に心の中で願い事をすると願いが叶うって言われてるけど…。まぁ、あくまで僕の故郷の風習だからね」


そう言って琥珀は盆に手を伸ばした。


「はい、君の分」

「どうも」

「それじゃ、いただきます。待たせて悪かったね」


そうして手を合わせると、二人並んで黙って恵方巻を頬張った。
…かなりの量があったはずだが、そのほとんどはマスルールの胃に収まった。どうやら相当気に入ったらしい。



・・・・・・・・・・



「…そういえば、なんであんなにこそこそやってたんすか」

「だって、王様とか、シャルに見つかったらさぁ…。あの人たち、無言で食べられないでしょ。つまらないとか言って」

「あぁ、まぁ」

「だから今朝マスルールに見つかったときは、本当に焦った。…これ食べたの、秘密にしておいてよ。来年の楽しみということで。二人で、また食べよう」

「……………わかりました」


内心ちょっと嬉しいマスルールであった。




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