Remedy
「怒るのも馬鹿馬鹿しいくらいだ」
「剣術こそが一番だっ!!」
「いいえ、魔法こそが一番よ! あんっな鉄の板キレ振り回して!」
「んだと、てめぇっ!!」
「何よっ!」
昼時の空は青く澄み渡り、パパゴラスが羽ばたくことによってなんとも鮮やかな色彩のコントラストが目に入る。
なんて平和なのだろうか、シンドリアは。
……現実逃避はやめよう。とにかく、なぜこうなった。
シャルルカンとの鍛錬を終え、噴水の傍で休憩をしていたところをヤムライハが通りかかる。
そしてごく普通に、穏やかに、楽しく三人並んで談笑していたはずだったのに。
そう。談笑していたはずだったのに……。
何がきっかけだったのだろうか。
琥珀の記憶にはすっかりないが、いつもどおりの剣術と魔法どちらが一番かの水掛け論に発展していた。
もはや日常茶飯事のため、止める気にもなれない。
本当、なぜ自分を挟んで喧嘩をするのかな。君たちは。
周りに助けを求めようにも、今は休み時間であるため周りに人はおらず、通りかかる人がいても誰も干渉してこようとはしない。
誰もが琥珀に向けて同情の視線をくれては、我関さずと去っていくのであった。
正直、同情するくらいなら助けてほしい。
「そんなに言うなら、俺と勝負しろ! 今日こそ決着をつけてやる!!」
「えぇ、いいわ。望むところよ!」
そう言って二人は勢いよく立ち上がった。
どうやら力づくで決着をつけるようである。
これは大事になる前に止めるべきなのだろうか。
いや、自分が止めたところで無駄だということは、これまでの経験から明らかだと琥珀は理解していた。
二人の間から開放された今、この場からおとなしく去る……
「いいか、琥珀! よーく見てろよ!! 今からこの魔法バカに、剣術こそが一番だと証明してやるぜ!」
……ことはできないようだ。
本当にやめてほしい。僕も一緒に怒られるんだぞ。
琥珀は胃が痛くなる思いであった。
「あら、いいのかしら。そんなこと言って。琥珀の前で、無様に負ける姿を晒すことになるわよ」
もう、腹を括るしかなかった。
ここまで来たら、止めに来る人間が来るまではせめて被害が大きくならないようにするしかない。
周りには騒ぎを聞きつけてギャラリーも集まってきていた。
琥珀は立ち上がり、隅の柱に寄りかかる。
そして、半ば諦めたようにげんなりした表情で二人の戦う様子を眺めることにした。
「琥珀。少しいいか」
「ん……? あれ、珍しい。何か用かい?」
声をかけてきたのは、八人将の一人、スパルトスだった。
彼は、切りそろえた前髪の向こうから覗く瞳を向こうで争っている同僚たちへと向けた。
「……いいのか? 止めなくて」
「あれに割って入る気はないかな。君だってそうだろ。」
「まぁ……な」
琥珀の言葉に肯定の意を示すと、それから彼は手に持っていた書類を琥珀に手渡した。
「明日の海上警備の航路が修正された。目を通しておいてほしい」
「え、そうなんだ? わかった」
「ここのところ、周辺海域で海賊が出ているらしい」
シンドリアは絶海の孤島。
故に、貿易と観光がこの国の経済の生命線であり、いかにして航路の安全を保障するかが重要である。
そこに、海賊が現れるという評判が広まるのはあまりよろしいことではない。
「そっか、困ったものだね。……どうするのがいいか」
パラパラと海図と報告書類に目を通しながら今後の対策について思案していると、急に衝撃が加わり、琥珀の視界は反転した。
床に倒された体は冷たく、服が纏わりつき重くなっている。
集まっていたギャラリーはしんと静まり返り、周囲の空気が凍りついた。
「だ、大丈夫か!?」
スパルトスの珍しく焦ったような声が上から聞こえてくると、琥珀は状況を理解した。
幸いにも柱に寄りかかっていたため、体が思いきり吹っ飛ぶことはなかった。
しかし、余所見をして考え事をしていたこともあり、横から飛んできた水の圧力に負けて倒れてしまったらしい。
……水の発生源は言うまでもない。
「おい、大丈夫か!?」
「ご、ごめんなさい!! まさか貴方に当たるなんて……」
向こうの方から、事態を把握し、我に返ったであろう二人が駆けてきた。
そんな彼らを横目に、琥珀はゆっくりと身体を起こし、立ち上がる。
その表情は濡れた髪に隠れて窺うことはできない。
スパルトスはこの後起こることを直感し、後の展開を静観することにした。
「大丈夫!? やだ、怪我とかしてないかしら……」
「ったく、ちゃんと周り見ねぇからそういうことになるんだよ」
「っ何よ!! 元はといえば、あんたが!」
またしても言い争いが始まってしまった二人。
しかし、そんな二人など視界に入っていないかのように、琥珀は水に濡れてもはや読めなくなった書類を静かに拾い、スパルトスへと渡した。
「ごめん、一応目は通したつもりだけど…。新しいのってまた貰える?」
「あ、あぁ…。それは問題ないが」
「よかった。じゃあ、頼むよ」
そう言うと琥珀はいまだに言い争いを続けているシャルルカンとヤムライハに視線を向けると、呆れたように大きくため息をついた。
「ちょっと二人とも。僕に何か言うこと、あるよねぇ?」
恐ろしく落ち着いた声音に、言い争う二人はビクッと肩を震わせた。
「あ…あのな、琥珀。わ、悪かった。つい周りが見えなくなって」
「え、えぇ。その、本当に、ごめんなさい。
そうね。もっと、周りを見るようにするわ」
普段と纏う空気の変化に気づいたのだろう。
二人は琥珀の方を見て、しどろもどろに言い訳をしている。
助けてほしいと縋るような彼らの視線を回避し、スパルトスは我関さずと事態を見守る姿勢を変えることはなかった。
「当たったのが僕で本当によかったよ。
他の人に当たっていたら、どうなっていたと思うんだい? 周りもこんなにして……。
いつも、誰が君たちの喧嘩の後始末をしてるかわかってるんだよねぇ?」
それなりにいら立ちが積もり積もっていたということか。
温和な彼にしては珍しく、その口調は冷たく、早口にまくし立てるようであった。
目の前の二人はというと、完全に身をちぢこませて俯くばかりである。
そして一際大きなため息をつくと、琥珀は冷ややかな視線を向けてとどめの一言を発した。
「まったく、……怒るのも馬鹿馬鹿しいくらいだ」
琥珀は踵を返し、その場を後にした。
残された二人はというと、最後の一言が堪えたらしい。
この世の終わりと言わんばかりの表情をしていた。
「どうしよう、スパルトス」
「やべぇ……。なんて言って謝るべきか」
「自業自得だ。反省するんだな」
そう言ってスパルトスは視線を琥珀が出て行った方へと向けた。
彼と入れ替わるように現れた人物の形相に、二人は別の意味で死にそうな顔をしていた。
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