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Remedy
「お前…命拾いしたな」

終業の鐘が鳴ってしばらくし、琥珀は銀蠍塔への道のりをとぼとぼと歩いていた。


「本当に、大丈夫なのだろうか……」


いつものように、琥珀はジャーファルに頼まれて朝から書類を捌いていた。
しかし、その量はおびただしいとさえ言えるもので、とても今日中に終わる量ではなかったのである。
琥珀ひとりの人手が増えたからといって、どうこうなるものではなかったように思えた。

琥珀が白羊塔を振り向けば、懇願するような表情で自分を引き止める文官たち。
そして、目の下を真っ黒にして人を殺せるほどの殺気を放つ、この国の政務官の姿が思い起こされた。



・・・・・・・・・・・



―ゴーン―


「終業ですか。琥珀、どうもありがとうございました。今日はもういいですよ。」

「え? いや、まだ終わってませんし。それに僕だけ帰るというのも……」


終業の鐘が鳴り、ジャーファルに帰るよう促された琥珀であったが、とても帰れる状況ではない。
書類はいまだ山のように積み上げられていた。
その意を汲み取りつつも、ジャーファルは琥珀に帰り支度をするよう促した。


「何言ってるんですか! 貴方は本来、文官ではないのですよ。
手伝ってもらえるだけありがたいんです。
あとは私たちでどうにかしますから、早く帰りなさい」


そうは言いますが、目の下すごいことになってるんですって。貴方も、周りの文官も。
絶対三徹くらいはしてますよね。
なのに、帰れるわけないでしょう。


喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込み、琥珀はまだ作業を続ける旨を伝えた。
第一、周りが「帰らないで欲しい」という眼差しで訴えかけているため、自分だけ帰ろうとは言い出せなかったのである。
……誰も声には出さないが、その分視線が痛い。

そんな琥珀に痺れを切らしたのだろう。
ジャーファルはガタリと立ち上がると、琥珀の使う机の方へ肩をいからせて向かってきた。
そして、袖の下の得物をちらつかせながら、琥珀を見下ろした。


「さっさと帰りなさいと言っているんです」

「正直、琥珀がいた方が助かりますが…。貴方がこのままここにいると、空気の読めないうるっさいのが漏れなくついてくるんですよ!
……いいから、つべこべ言わず、帰れ」

「は、はい! 今、すぐに、帰らせていただきます!!」


地を這うような低音と恐ろしいまでの殺気にあてられ、思わず琥珀は猛スピードで支度を終え、部屋を飛び出した。


もうこうなったら逆らわないのが一番だ。おとなしく帰ろう。


そう思い白羊塔を後にしたのだった。
部屋を出ていくときの、文官たちの落胆と絶望に満ちた表情は忘れられない。


「あれは、鬼の形相だった。
明日になっても終わってないんだろうなぁ。どうしたものか」


明日の予定を考えて歩いていると、通路の向こうから、琥珀にとってなじみのある青年が手をぶんぶんと振りながら駆け寄ってきた。


「おーい! 琥珀ーっ!」


……政務官殿曰く、『空気の読めないうるっさいの』こと、この国が誇る我らが八人将が一人、シャルルカンである。


「いやぁ、探したぜ? お前、今日鍛錬にも来てないって言うし。
どこにもいないなら、あとはここだと思ってさ」


飲みにいこうぜーと、まぁ懐っこい笑みを浮かべて無邪気に言う彼に琥珀は思った。


これは、おとなしく帰ってよかった。
乗り込んでこられたらたまったものじゃない。
お前……命拾いしたな。
 

「ん? なんか言ったか」

「……別に。飲みに行くんだろ? 付き合うよ」

「よっしゃあ! そうこなくっちゃな!」


ほどほどにして、明日も手伝いに行こう。明日の予定を決めた琥珀だった。



・・・・・・・・・



「それで、あと誰が来るんだ?」

「マスルールとピスティだな」

(酒飲み三人と!?
マズイぞ、二日酔いコースまっしぐらじゃないか。
これは明日行けないかも……)




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