Remedy
「自信持ってください!」
日が傾き、人もまばらになり始めた小鍛錬場のある一角。
刃を交え、金属どうしがぶつかる音が響いていた。
「魔力を放出させすぎだ! もっと刃先だけに収束させないと、今みたいにすぐ疲れてしまうぞ」
「くっ……はいっ!」
あの後、王宮へと戻った琥珀は魔力操作の指南をしていた。
普段なら小鍛錬場の柱に寄りかかって見ているか、二人でケンカをしているだろうシャルルカンとヤムライハの姿は、ない。
そのことに少しホッとしたような、けれどどこか物足りないような複雑な感覚を、彼は感じていた。
そして、目の前の少年に意識を向ける。
彼の名は司(つかさ)。
琥珀と同じ、大和出身の武官である。
まだ少年と呼ぶのがふさわしいくらいの年齢である彼は、この歳で八人将、シャルルカンの直属の部下となった期待の若手である。
琥珀自身も、ほぼ友人として接しているとはいえシャルルカンの部下であるため、司は”ここでは”後輩にあたることになる。
彼が幼いころからの付き合いであるし、こうして司が八人将直属となったのは、正直鼻が高い。
しかし、今教えている魔力操作を含めて、まだまだ技術は未熟。
時間をみつけては、こうして鍛錬の相手をしてやっていた。
「ほら、脇が甘いぞ、っと」
「えっ。う、うわぁっ!」
一際大きな金属音とともに、槍をはじかれた司はへなへなとその場に座り込む。
息はすっかり上がり、体力も限界となっているのは明らかだった。
区切りもつき、また、既に終業を過ぎていたため、琥珀は今日の鍛錬を終わらせることにする。
束ねていた長い髪を下ろし、汗を拭うと、無意識のうちに小鍛錬場の柱の方へと目が向いていた。
「……あの、琥珀さん。何かあったんですか?」
最近、シャルさんやヤムライハ様と一緒じゃないですよね。
琥珀の視線の先を見た司は、いつもなら無遠慮とも言える彼にしては珍しく、おそるおそるといった感じで声をかけた。
「なんか、変ですよ。喧嘩でもしたんですか?」
「喧嘩というか……。僕が一方的に避けてるというか、ね」
急に、知られることが怖くなった。今更かな。
そう自嘲気味に笑い俯く琥珀を見ると、腰を下ろしていた司は立ち上がり、向かいに立った。
そして、しばらく逡巡すると口を開いた。
「その、貴方が俺たちに責任というか、負い目みたいなものを感じてるのは知ってます。
確かに、辛くなかったかと言えば、嘘になりますけど……」
眉をハの字にして言う司の言葉に、思わず琥珀は申し訳ない気持ちになり、彼から視線を外した。
その様子を見て、慌てて司は言葉を続ける。
「けど、だからと言って貴方のせいだなんて思ったことはないですよ!
むしろ、貴方には感謝してますし、尊敬だってしてます。それは今も昔も同じことです」
だから、自分の過去を否定することだけは、やめてください。
琥珀の目を見つめて言う彼の表情は真剣そのもので。
自分のために必死に言葉を選んでくれていることがわかり、こそばゆくなって思わず頬が緩んだ。
「少なくとも俺は、貴方がしてきたことを間違ってたなんて思ってません。大丈夫です。自信持ってください!」
にかっと笑みを浮かべると、司はその場を振り返る。
彼の向こうには同僚だろうか、魔導師と文官の男女が並んで立っていた。
「約束があるんで……。これで失礼します。ありがとうございました!」
「いや、僕の方こそ。……ありがとな」
「へへっ。早く、仲直りしてくださいね! じゃあまた」
ぺこりと礼をして、同僚二人のもとへ駆けて行った司を見送る。
じゃれあいつつ出ていく三人から、仲の良さが窺えた。
その様子に、ふと、つい最近までの自分たち三人の姿が重なり、思わずため息が漏れた。
「いつまでもこのままじゃ、ダメだよな」
ぎゅっと拳を握り、漆黒の髪をなびかせると彼もまた、その場をあとにした。
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