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Remedy
「忘れるんだ」

さんさんと照りつける太陽。
その日差しの下、海からの潮風が吹き抜ける街道は西方、東方あらゆる人種の人々が行き交い、語らう。
その大勢の人々で賑わう喧噪の中に、琥珀はいた。


「そこの兄ちゃん、どうだい! ここらじゃ珍しい“桃”だよ。今朝届いたばかりでね。今日のおすすめだよ」


スッと差し出された果実に、琥珀はある人物を連想した。
そういえば、”アイツ”もよく好んで食べていたな……。
彼は今、どうしているのだろうか。


「じゃあ、一ついただきます」

「はいよ、毎度!! また来ておくれよ〜!」


女性に大きく手を振って見送られ、勧められた桃を袂に入れると、琥珀は歩き出した。

今日は非番である。
いつもなら銀蠍塔に行ってシャルルカンと剣術を競い合ったり、後輩の武官に魔力操作を指南したりしているのだが…。
今回は当てもなく市場をうろうろしていた。
ジャーファルさんにはああ言われたものの、人と会って話す気にはなれなかった。

シャルルカンに連れられ酒場に行くことならばしばしばあったが、こうして昼間の市場独特の賑やかな空気に触れるのは久しぶりだ。

道行く人、商品を勧める人、買い求める人。
ここにいる誰もが笑顔で、生き生きとしていて。
この生活が、この瞬間が幸福で、満ち足りたものなのだということがはっきりと見て取れた。


「本当に、いい国だよな……」


様々な民族、人種の人々が身を寄せあい、協力しあうことで成り立ち、栄えたこの国、シンドリア。

自分もその一員であり、今、目の前にいる彼らの幸福に少しでも貢献できているのなら、これほど嬉しいことはないし、誇りに思う。
自分はこの国の人が大好きだし、守りたい。
そう、思っているはずなのに。

この情景を見ていると、どうしても記憶の中のあの国が脳裏にちらついた。
今は失われた、かつて愛し、守ろうと誓ったあの場所に思いを馳せる。
自分にもっと力があれば、守り抜くことができていたのなら、あのときの彼らの笑顔を、曇らせることはなかったというのに。


少し、ほんの少しだけ、妬ましい。


そこまで考えて、琥珀は時が止まったかのように歩みを止める。

今、自分は何を考えた。
突然立ち止まった彼を、道行く人々は怪訝そうにちらちらと見ていたが、その視線を気にする余裕は琥珀にはない。

この国を恨むなんて、お門違いも甚だしい。
一瞬沸き上がった感情を振り払うように首を振り、琥珀は踵を返した。
つい先ほどまで心地よいと感じていたはずの景色が、じわじわと心を黒く蝕んでゆくような気がして、見ていられなくなっていた。


忘れるんだ。
きっと、精神的に不安定になっているだけだ。


一刻も早くこの場から抜け出したい一心で、重たく感じる足を無理矢理動かして王宮へ引き返えす。
すると、突然、ドンと横から小さな衝撃があった。



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