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Remedy
「私は、平気よ」

あの一件以来、琥珀とは会えていない。


彼も私たちを避けているようだし、何より私自身も、彼に会ってどんな言葉をかければいいのかわからない。
結局、いつものように自分の部屋にこもって研究に没頭することでしか気を紛らわすことができないでいた。
それくらい、先日のことは私にとって衝撃的な出来事と言えた。


確かに、琥珀は怒らせると怖いわ。
でも……。


まさか、あの穏やかで好青年と言える彼が、あんな風に、蔑むようなまなざしのまま人を傷つけるなんて、想像もしなかった。
しかも、八人将である自分が、恐怖を感じ、一歩も動けないなんて。

あのときの奴隷商との会話から、他にも気になることはあったし聞きたいこともたくさんあるけれど……。
そこに踏み込んでもいいものかどうか迷う。
部屋を去る琥珀の背は、全てを拒絶する雰囲気があった。

彼は頭もいいし、魔法に関して興味があるようで、よく相手になってくれていた。
剣士としての観点からの発想は私にとって新鮮であるし、研究意欲を刺激するものだ。

何より、彼の人柄には好感が持てる。
剣士だから、魔法使いだから……。
男だから、女だからということではなくて、一人の人間として、誰にでも平等に接する彼の姿勢は素直に感心している。

少々癪だけれど、あの剣術バカが一緒にいたがるのも理解できた。
自分だって、彼の傍は心地いいと思えるのだから。
もちろん、他意はないけれど。

彼は貴重な友人の一人、このままの状況なのも嫌だった。
どうしたものか……。
ヤムライハは試験管を片手に、大きくため息をついた。


「ヤム。……ねぇ、ヤムったら!!」

「! ……あ、あら、ピスティ。どうかしたの?」

「もうっ! どうかしたの、じゃないよ!」

「何度呼んでも反応しないし、いくらなんでも部屋にこもり過ぎ。食事もとらないって聞いたよ」


ほら、また肌が荒れてるよ。
呆れたようにため息をついた彼女はそっと私の頬を撫でた。
その様子は、どこか自分を気遣うような、労るようなものだった。

どうやら、また心配をかけてしまったらしい。
毎度のことながら、申し訳ない気持ちになる。
ヤムライハは日頃の行いを顧みて、ピスティに声をかけた。


「ごめんなさい、心配をかけちゃったわね……。お昼、一緒に行きましょ」


そう言うと、目の前の彼女は目を大きく見開く。
そして、ヤムライハの顔と、机の上のものを何度も見比べていた。


「……えっ!? 研究、まだ途中じゃないの? いいの!?」

「もう、いいわ。なんだか集中できないし、行き詰まっちゃったから」


試験管を置き、薬品や記録用の紙など散乱していたものをある程度まとめ、ドアへと向かう。
ピスティは変なものを見るような目でその姿をみつめると、ハッとしたように慌ててあとをついてきた。


「ねぇ、ヤム。ホントに大丈夫?」

「何が? 私は、平気よ」

「でも…。……スパルトスに聞いたよ、琥珀のこと」


私もね、このままじゃダメだと思う。


ピスティの言葉に、思わず足が止まる。
真剣な表情になって、彼女は続けた。


「だって、変だもん。ヤムも、シャルも……琥珀も。このままの状態が続くなんて、そんなの嫌だよ」

「ピスティ……。そんなの、そんなの私だって嫌よ! でも、どうすればいいのかわからないのよ!」


この状況を打破する方法なんて……。
俯く私に、ピスティは一つの提案をした。


「あのね、まずは琥珀とちゃんと話す必要があると思うんだ。だから……」


ごにょごにょと彼女が耳打ちしてきた内容に、耳を疑った。


「ちょっと、ピスティ!? それはいくらなんでも不味いわよ!」

「大丈夫だって。王様に言ったら『それはいいな』って言ってたよ」


どうする、ヤム?
先ほどの真剣な表情はどこへ行ったのか。そう言う彼女はいつもの……あまりよからぬことを考えているときのように、にやりと笑った。

王がいいと言っていたって……。
本当に、大丈夫なのかしら?
けれど、もうピスティはやる気満々だし、これ以外の方法は残念なことに考え付かなかった。
不安を抱えながらも、私はゆっくりと首を縦に振った。



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