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Remedy
「信じてあげてください」

「……何が、責任を果たす、だ」


自分の感情だって、碌にコントロールできない癖に。


シンドリア王宮のとある一角、琥珀は一人、奥まった場所の木に寄りかかり、ぐったりと座り込んでいた。
あたりは既に暗くなり、仕事を終えた官吏や武官たちが街へと繰り出す。
ぽつぽつと灯りが灯され、紫紺に染まった空にはひとつ、ふたつと星が瞬いていた。


怒りに任せて、刀を抜いてしまった。
しかも、完全に我を忘れていたなんて。


あの瞬間、ヤムライハが自分の名前を呼ばなかったらと思うとゾッとした。
殺すつもりはなかった……と思う。
けれど、目も当てられないような惨状になっていたことは想像に難くない。
それだけ、あのときは自分を見失っていた。

自分の中に巣食う黒い感情に翻弄されたことに、自分の未熟さを痛感した。
本当に、情けない。何が王の器だ。
既に自国を失っているような王に、そんなもの備わっているはずがないだろうに。
琥珀は俯き、自嘲気味に笑った。


「そんなところにいて……。また熱がぶり返しても知りませんよ」


上から声をかけられ、ゆっくりと顔をあげた。
はためく緑のクーフィーヤと、銀の髪から覗く彼の目には何か、揺らぎのようなものが見え隠れしていた。


「そのときは、またジャーファルさんが看病してくれるんでしょ?」

「……何言ってるんですか。私も暇じゃありません」


そんな頻繁に倒れられたら困りますよ。
私にも、仕事があります。

そう言って彼は目を閉じ、肩をすくめた。
看病することを、拒否はしないのか。
彼のそんなところに、笑みがこぼれた。
本当に、この人は自分を気にかけてくれていると思う。


「正直、後悔しています。やはり、君にこのことを話すべきではなかった。私たちだけで、処理するべきことだった」

「いえ……。隠さずにいてくれて、感謝しています。
それに、僕だけが何も知らずにのほほんと暮らしていくなんて、許されるはずがない」


そう、自分の選択した道が結果的に生じさせたことである。
それを知らずにいるなんて、あまりに罪深い。


琥珀の言葉に、ジャーファルは切なげに眉を下げた。


「そうやって全部自分で抱えて、最後に傷付くのは貴方なのに…。本当、そういうところは昔から変わりませんね」

「……」


あまり深く話をしたくないと無言になったのを察してくれたのか、彼は話題を変えてくれた。
……とは言っても、そちらも琥珀にとってはあまりいい話題ではなかったが。


「ヤムライハたちが心配していましたよ。それに、君のこと……大和国王のことを、聞かれました」

「でしょうね。それで、何て言ったんですか」

「本人に聞けとしか言っていませんよ。他人に説明してもらうことでもないでしょう?」


琥珀は思わず目をそらした。

この国にいる人々は、そのほとんどがそれぞれ何かしらの事情を抱えて生きている。
それは目の前にいる彼もそうであるし、シャルルカンやヤムライハ、スパルトスたち他の八人将も同じことだ。
だから、今さら自分の抱えてきたものを話して、そこに何があったとしても、何をしてきたか知ったとしても……。
彼らはきっと、それを受け入れるだろう。
そんなことは何でもないと。今までどおり接してくれるだろう。


そんなことは十分わかっている。
それでも……。


「怖いのですか? 琥珀。自身を知られることが」

「……」


無言を肯定ととったのか、ジャーファルはゆっくりと近づくと、その場にかがんで琥珀の手を取り、視線を合わせた。


「確かに、自分の過去を話すというのは辛く、苦しいことです。
けれど、誰かと共有し、理解してもらうことで、自分が目をそらしていたものと向き合えることもあります。」


そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。
信じてあげてください。貴方の友人たちを。
そして、自分のことも。


そう微笑み、手を離して琥珀の頭をぽんと撫でた彼は、王宮の中へと消えていった。
それを見送った琥珀はふと空を見上げる。
幾億の星の輝きが、その二つの翡翠に映り込んだ。




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