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Remedy
「心配しなくていい」※

琥珀が腰に提げていた得物…太刀を鞘から引き抜いた刹那、男には何が起きたのか分からなかった。
身体の前で縛られた腕が、縄が切れた事で急に自由になったのである。
しかし、琥珀はもう一度太刀をふるった。
再び、目にも留まらぬ速さで振られたそれが飛び散らせたものは、赤…。
男の左腕は肘から先が、失われていたのである。


「ぐあ、あぁぁぁあぁぁあぁぁっ!!」


牢の中の他の男たちも、外で見ていたシンドリアの者たちも、琥珀の後ろに立つシャルルカンも。
皆、金縛りにあったかのようにその場で固まっていた。
太刀に付いた血を振り払う琥珀の翡翠の瞳は完全に濁り、いつもの輝きはすっかり失われていた。


「痛い、か。当然だよな。腕を落としてやったんだから。
なぁ、お前たちは一体何人の人間を殺してきたんだ。……何人の目を、抉ったんだ」


琥珀は返り血を気にすることなくそのまま男を掴み上げ、首元に刃をあてる。
あの細い腕に、どれだけの力があるというのか。
男の身体はゆっくりと持ち上がっていった。
それなりの力を入れて刃をあてているのか、首からはうっすらと血がにじむ。


「本当なら、この場で全員殺してやりたいくらいなんだ。けれど生憎ここは大和じゃない。
安心するといい。殺しはしないさ。シンドバッド王に怒られてしまうからな」


ああそれと、腕のことも心配しなくていい。
僕の金属器は命魔法を司るから。
何回腕が飛ぼうが、足が飛ぼうがくっつけてあげるし、綺麗さっぱり治してやるよ。


そう言って琥珀は冷たく微笑む。

その発言と笑みに底知れず恐ろしいものを感じ、この場の誰もが絶句した。

普段の穏やかな振る舞いからは想像できない彼の様子に、ヤムライハは動揺を隠せず口元に手をあてる。
スパルトスやジャーファルを含めた周りの人間も、彼女に気遣う余裕もなく、その場から動けないままだった。


そして、シャルルカンは……。
琥珀の様子に何か思うところがあったのだろう。
彼を止める事なく後ろへと下がり、険しい表情のまま壁に寄りかかり、様子を窺っていた。
その様子を一瞥したシンドバッドは琥珀に視線を戻し、事の次第を見守っていた。


「さて、次はどこがいい。残りの腕か、足か……。そうか、このまま全員の目を抉ってもいいか」


ああでもダメだ。
目はさすがにショック死してしまうな。
まるで他人事のように呟くと、琥珀は牢の奥で座り込んでいる他の男たちに目を向ける。


「ひっ…」

「うぁ、た、助けて……。助けてくれぇ!!」


琥珀は掴んでいた男の首から刃を離し、そのまま男をさらに持ち上げた。
男は痛みに耐えながらも睨みつける。


「はっ。それが、アンタの本性かよ。若殿よぉ……っ」

「……どこで聞いたか知らないが、これが、”俺”のやり方だ。」


男を奥へと投げつけ、気絶したことを確認すると、壁際に固まっている集団の方へ向かう。
琥珀が向かってきたことが分かると、男たちは怯えた様子でさらに奥へ、奥へと後ずさっていく。
それに構うことなく、そのうちの一人の前に立ち刀の先を目元へと向けた。


「うあぁぁあぁぁぁぁー!!」

「だめよ、琥珀!!」


しかし、その刃は空を斬り、顔の横スレスレを通過していた。

男はあまりのことに気を失い、泡を吹いて倒れる。
周りの男たちも完全に怯えきっており、泣き出している者もいたくらいである。
琥珀は、ハッとしたように刀を下ろすと、目の前の光景を初めて目にしたかのように戸惑い、動揺する様子をみせた。
そして、状況を理解した彼は、聞き取るのもやっとなくらいの小さな声で何かを呟いた。


「……………」


琥珀はゆっくりと太刀を天へと向ける。
すると、刀身に刻まれた八芒星が淡く輝き、牢の中がまばゆいほどの光に包まれた。
光が収まると、彼の言葉通り、奥で転がる男の腕はもとの場所へ戻っていた。
傷も、きれいさっぱりない。

それを確認し、太刀を収めた琥珀は踵を返し、シャルルカンに声をかけることなくそのまま牢を出た。
一方、シャルルカンは琥珀が出て行くのを無言で見送った後、先ほど拘束を解かれた男を再び拘束し直すべく、奥へと向かっていった。


「……すみませんでした。あとのことは、お任せします」


牢を出た琥珀は誰とも目を合わせることなく、そのまま部屋の扉をくぐっていった。俯いていたために、その表情を覗うことはできなかった。

怪我人はいなくとも、鉄臭さの充満した部屋は、重い静寂に包まれていた。




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あきゅろす。
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