魔法少女リリカルなのは
AQUARIUS
第4話……8
●
程なくして。
2人を乗せた車はとある建物の前へと止まり、運転席の初老の男が後部座席の扉を開いて恭しく頭を下げた。
「どうぞお2人とも。足元に充分お気を付けくださいませ」
「ありがとうございます鮫島さん」
先に下りたのはすずか。会釈を返しお礼を述べる彼女に鮫島は小さな笑みを持って応えた。そしてそれに次いで、
「帰りもよろしくね鮫島、すずかの家経由で」
「かしこまりましたお嬢様」
やや不遜とも言える態度で降りるアリサに変わらぬ笑みで接する。まさに執事オブ執事と呼べるその物腰。
《おのれ……! 主人に忠義を立てお仕えすることに掛けてならば、私とすずか様の関係の方が遥かに上だというのにこの髭め──!!》
カチューシャにくっついてるクアドラが相も変わらずなにか言っているようだが当然のようにスルー。
そして二人の手には弦楽器のケース。これからバイオリンの稽古の時間だ。
「そういえばアリサちゃん、この前の課題曲の練習どう──って聞くまでもないよね」
「当然じゃない! このあたしの答えがパーフェクト以外なんてありえないでしょ」
少し年季の入った洋風建築の廊下を雑談を交えながら歩いていた2人だが、ふと視界の端に人だかりが出来ているのが見えた。
「何事かしらね?」
「さぁ、なんだろ?」
気になり始めると原因を探りたくなるのが人の性。すずかとアリサも多分に漏れず、人だかりの方に足を向ける。
そこは教室の一室。
近づくにつれ、人々のざわめきにまぎれて微かに漏れ聞こえる音。
そしてその正体に先に気付いたのはすずかの方だった。
(バイオリンの、音?)
だがそれ自体が人の意識を惹いているわけではない。
ここにはそれを習いに来ている生徒が何人もいるし、今更バイオリンの音色など珍しくもなんともない筈だ。
「……すずか、これ」
隣にいるアリサにもその音色が聞こえたのだろう。神妙な面持ちでそれを感じていた2人だったが、不意に引き合うように顔を見合わせる。
力強く大胆、それでいて繊細で美しい旋律。
当然、ただの生徒のレベルではない。しかし残る可能性である教師陣すらも凌駕しているであろうこの音色。
だが2人は確かにこの音色に、そしてそれを出せる人間に覚えがあった。
「カナちゃん、帰ってきたんだ……!」
「間違いないわ! 天才のあたしすら認めるこの旋律を奏でられるのはあの子くらいのもんよ!」
互いの笑みが深くなり、なんとか本人の顔を見ようと人垣の周りを右往左往してみるが、
「な、なんという隙間の無さ!」
まさに猫の子一匹入る隙間もないとはこのことか。
人垣は既に肉の壁と化し、子供1人立ち入る隙間も与えてはくれない。
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