魔法少女リリカルなのは
AQUARIUS
第3話……9
「──う、そ」
吹き飛ぶノエルを見てすずかの口から漏れたのはそんな言葉だった。
傍から見ればすずかの一撃がノエルを捉えて、そのあまりの威力に吹き飛んだように見えただろう。
だが、真実は違った。
手応えが無かった──わけではない。
手応えは、あった。“あり過ぎる”程に。
幾ら隙を突いて繰り出した一撃とはいえ、ノエルの体──重心を崩したわけではないのだから相応の衝撃がすずかの手にも返ってくる。
しかしすずかが感じた衝撃は予想より遥かに重く、まるでなにかで“押し返した”ような。
何よりもノエルのあの吹き飛ばされ方。
そもそも寸勁は相手を吹き飛ばすような技ではないのだ。
繰り出した衝撃を内部に留め内臓器官を破壊する、それこそが浸透勁の真髄である。
技本来の性質に則らない不様な結末。そこから導き出される答えはひとつ。
(外した──いや、“外された”!?)
自分自身が導き出したその答えに愕然とする。
「そんな……どう、やって」
呆然と呟くと同時、タイマー設定をなされていたアラームがけたたましい音を放つ。
その音を合図にするかのように、今もなお吹き飛んでいたノエルの右手が身体を支える為に大地を掴んでそのままバク転の要領で一回転しながら軽やかに着地した。
「タイムアウトです。勝利条件にありました“有効”とされる打撃を時間内に入れる事が出来ませんでしたので私の勝ち、という事でよろしいですね」
ノエルは何事も無かったようにメイド服に付いた埃を払いながら、いつもと変わらぬ声音と表情で勝敗を宣言する。
いつもならこれで朝の鍛錬は終わり、すずかは朝風呂へ、ノエルはファリンに任せてある朝食の準備の手伝いへと向かう筈だった。
だが今朝は、
「勝敗については仕方ないけど、最後の攻防だけは納得できないよ!」
他でもないすずか自身が食い下がった。それだけあの一撃に自信があったのか。
普段とは違うその行為に対してもノエルは表情ひとつ変えることもなく、
「ではあの瞬間に私が下した判断をお話しましょう」
そう言って、彼女は右手を開いてすずかへと向けた。
当然、訳が分からずに怪訝そうに眉をひそめるすずか。
「すずか様が私の視界を塞ぎ、真横を取って寸勁を打ち込む一瞬。踏み込みと溜めを行うため、密着させていた掌を僅かに引かれましたので」
「……!!」
淡々と語るノエルの解説に思い当たる節でもあったのか、少しばかりすずかの表情が険しくなり、
「じゃあ、まさか……」
「はい。その刹那も刹那の隙にこちらの右手をすずか様の掌と自分の身体に滑り込ませて、寸勁で“打ち返し”ました」
震えるように搾り出した声に、まったくトーンを変えずに返答が飛ぶ。
「無理な体勢と踏み込みの甘さのせいで敢えて後ろに吹き飛ばされて見ましたが、片手が塞がっていなければ弾き飛ばされていたのは技を仕掛けたすずか様だったでしょうね」
そこへ更に言ってのけたノエルにすずかはがっくりと頭を落とし、
「マイリマシタ」
ようやく、素直に全面的敗北を認めたのだった。
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