魔法少女リリカルなのは
AQUARIUS
第3話……6
ぴぃん、と場の空気が鋭く冷たいものへと変化した。その原因をノエルはよく知っている。
彼女の目の前に立つ、すずかから発せられる気配の変化。
こちらを見るその瞳からは、揺るぎない強い意思がありありと見て取れた。
(さぁ、如何なさるおつもりでしょうか)
右足を踏み出し揃いの掌をこちらに向け強く構えるすずかに対し、ノエルは半身を向けたノーガードのまま。
いや、厳密に言えばこれがノエルの構え。
上下左右360度、ありとあらゆる方向からの攻撃に対して対応できる、対応する為の構え──自然体。
元々構えというものは何かしらの行動にあたって最速の行動、判断を最小限で行うためのものだ。
しかし複数人との戦闘、高レベルの戦いではその構えがかえって行動を制限してしまい最善の一手が打てない事が多々ある。
それならば全行動の起点である“立ち”をそのまま構えとして使用する。
そして生まれた基本にして極みの構え、それが“自然体”だ。
2人の間合いは約5m。
すずか程の実力ならほんの数瞬で詰めてこれる距離だが、ノエルならその数瞬で回避と攻撃を叩き込むのも容易い。
ならば、なにかしらの策を持って打ち込みに来るはずだが。
じりじりと摺り足を使い、こちらの側面へと移動するすずか。
それに注意を払いながら残り時間を確認する。
残り30秒。
(行動も含めて、残り5手……ですかね)
その視線をずらす行為を好機と見たのだろう、相手が一気に攻勢に出た。
砂塵を巻き上げながら跳ね上がる右足。
移動、ではない。これはただの前蹴りだ。
しかも間合いも詰めずに放った蹴り、これに何の意味が──。
ひゅっ!
そんな意識を払拭するようにその爪先から空気を裂きながら、ある“モノ”が発射された。
ノエルの顔目掛けて飛来する“それ”は。
(なるほど、“スニーカー”ですか)
摺り足で靴の踵を踏み、前蹴りのモーションでこれを蹴り飛ばしたのか。
ノエルは微かに眉をひそめた後、
「子供騙しが過ぎますよ」
冷たい表情で難なくソレを掴み取る。
だが次の瞬間、そのスニーカーと視線が生み出した死角からもう一足の──左のスニーカーが間髪入れずに飛び込んだ。
「影、手裏剣……!」
ノエルの口から漏れ出した呟きに混じるのは少しばかりの驚き。
かつて“忍び”と呼ばれる者達が使い、本来は“手裏剣”を用いて行うこの技術。
すずかがそれを知っていて使ったのかは判断出来ないが、二射目の動作をノエルに気付かせる事無くおこなったのは驚嘆の一言に尽きた。
「が、所詮はスニーカーですので」
先とは逆の手でそれも払うように受け止める。
「──だよね」
その声に、今日初めてノエルの表情が固まった。
二射目の死角。そこから現れた第三射──月村すずか本人。
わざわざ避けやすい顔を狙ったのも、高い位置から少しでも死角を増やすため。
そして、その隙に間合いを自分のものにするため。
今のノエルは両手をスニーカーに塞がれ、二射目を受け止めた際にガードも開ききった状態。
この時をもって以外、すずかがノエルに全力の一撃を叩き込む隙は二度とない。
狙うのは鳩尾。
すずかの瞳がしっかりとノエルを捉え、踏み込んだ軸足は大地を砕き、必殺を振り絞った掌底が大気を穿つ。
そして──、
ノエルの真横。何も存在しない空間を、掠め切った。
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