魔法少女リリカルなのは
AQUARIUS
第1話……7
土煙が巻き上がり、ガラガラと尚も崩れ去る壁の向こうに見えるシルエット。
───ごくり。
息を飲む音は、すずかとひよこのどちらのものであろう。
いまだ晴れる事ない土煙越しに、赤い瞳が輝いた。
ギチ───。
その影が、ゆっくりと動き始める。
まず最初に見えたのは、巨大な顎。二つの大きな刃のようにすら見えるそれが、左右に動き先程の耳障りな音を上げる。
そしてこれまたデカい触覚、眼が見え、まるで黒耀石を削り出して作られたような頑強な身体と足が───、
『って、巨大アリだあああぁぁぁっ!!』
1人と1匹が仲良くハモった。
その声に反応したのか、巨大アリはその巨体に似合わぬ俊敏さですずか達に迫る。
「くそっ!!」
怯えて身を縮めたすずかの前に、黒ひよこが飛び出す。
その体は灰色の輝きに包まれたまま黒き弾丸の如く、
「っらあぁっ!!」
頭から巨大アリにぶつかった。
鈍い音をたて吹き飛んだのは、圧倒的に身体の大きなアリの方だった。
自らがぶち抜いた穴を抜け、そのままベランダから落下する。
同時に、ひよこはそのまま床に力無く倒れ込んだ。
「ひよこさんっ!?」
駆け寄り、抱え上げてみると、弱々しい呼吸が断続的、途切れ途切れに漏れ出していた。
「……やっぱ───無理しすぎた、か」
その小さな身体から、少しずつ体温が失われている。
すずかの頭に最悪の結末が浮かぶ。
「しっかりして、ひよこさん!目を開けて!」
それを振り払うような必死の呼び掛けにも、ひよこはピクリとも反応しない。
「ダメ……ダメだよ。誰か───誰か、助けて!」
刹那。
煌、と部屋に光が満ち溢れる。
温かくて優しくて───どこか懐かしい。
光の出所を探し、辺りを見渡せば、
机の上。
例の緑青色の結晶がわずかに宙に浮き、ほのかな光を───だがとても強い輝きを放っていた。
《───Master》
「呼んで……る」
ひよこを抱いたまま、その光に近づいていく。
目の前にある緑青の宝石が、きらりと瞬いた。
すずかは促されるままそれを手に取り、胸元で固く握り締める。
《───私の波動を、感じますか?》
「……うん。わかる───、わかるよ」
心の中に言葉が浮かぶ。
それをそのままゆっくりと想いを込め、口から放つ。
「我、“使命”を受けし者なり」
それは堆積した想い。
「“契約”の元、その“力”を解き放て」
それは能力の解放。
「“青”は水に、“蒼”は海に───」
人々はその能力こそを
「そして“慈愛”の心は───この胸に!」
魔法、と呼ぶのだ。
「この手に“魔法”を!」
そして呼ぶ。
魔法を導く、自らの杖の名前を!
「“クアドラ”───、セットアップ!」
《Standby ready───
Set up》
蒼い光が天空を貫いた。
その光の中、すずかは想像する。
魔法を制御する“杖”の形を。
想像する。
自らを守る、強く堅牢な“衣服”を。
最後に強く残ったのは、とても大切な2人の友達の笑顔。
爆発的に増した光が、ゆっくりと解かれていく。
そして、立っていたのは想像の中の自分の姿。
銀色の水瓶を讃えた杖。
水よりも深い蒼い衣服。
少女の想いは形と成し、今ここに現れた。
瞳を開き、静かに杖を掲げる。
イメージは青。力は治癒。
「癒やせ、深き水の青」
《Cure Water》
ひよこが青い水球に包まれる。
青い波動がひよこを照らし、身体の傷だけでなくその疲弊した精神すらも温かく癒していく。
「これ───は?」
数十秒もかからず、ひよこは意識を取り戻した。
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