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七色ソプラノ3
静かな部屋にただ自分の息遣いが響く。携帯を持つ手が震える。それが緊張なのか動揺なのかが分からない。


「曽良くん?どうしたの。こんな夜中に」


当たり障りのない言葉を言って曽良の反応を窺う。



「芭蕉さん…」

静かに話し出した声色はつい先程まで泣いていたのかと思わせる程、声が震えていた。



「僕明日…」



ポツリポツリと今にも消え入りそうな声だからなのか、耳を澄まさないと聞こえない声。
それでも聞き逃さまいと一声、一声真剣に聴き入った。



何か言いたいのか話し出したり、時折口を噤んだりしていたのだが途中で諦めたのか‘やっぱり何でもないです’と言い芭蕉の制止の言葉を言う前に電話が無情にも切れた。


真っ暗な携帯の液晶画面に自分の情けない顔が写っていて思わず自嘲した。


曽良の為にと別れた。これが最善の選択なんだと疑わなかった。


でも、結果がこれだ。

電話ごしで聞いた曽良の声が震えていて泣いていた事だなんてすぐに分かった。
この芭蕉の選択はただ曽良を傷つけているだけだったのだ。

今更気付いた事実に芭蕉は唇を噛み締めた。




刻々と過ぎていく時刻。
薄暗かった室内に太陽の光がきらきらと降り注ぐのをただ静かに眺めては、携帯に視線を戻す行為を芭蕉は延々とやっていた。


結局あの後、一睡も出来ずに朝を迎えてしまったわけだが芭蕉は何も考えないで過ごしていたのではない。


一晩考えて出た答えは余りにも簡単だった。


曽良くんに会いたい。


その結論に至った瞬間に今まで胸の中でモヤモヤしていたものが急激になくなっていくのを肌で感じとった。

何をそんなに悩んでいたのかと思うくらいに芭蕉の心境は晴れやかだった。


好きだから会いたい。好きだからこそ相手を信じないでどうするのだ。
こんなにも相手の事を想ってるのにそれを伝えなくてどうする。


会いたい。話したい。謝りたい。


芭蕉は卒業式の日に渡しそびれたものをもって家を飛び出すように駆け抜けた。



人。人。人。


空港まで来ると人だかりができていて中々曽良を探せないことに舌打ちをしたくなった。

時計に目をやる。

まだ飛行機が出る時間ではない。曽良の性格は十分に理解している。

きっと時間に余裕を持ってきているに違いないのだ。


いる。絶対にいる。いないじゃない。意地でも探し出す。


それにまだ渡したいものが渡せてない。

芭蕉は一旦心を落ち着かせて辺りを見回した。


携帯を弄りながら歩いている男子高校生、大きなキャリーバックを引きずっている中年の女性。

その中に芭蕉が探していた曽良の姿があった。


椅子に座りながら読書に耽っている曽良の姿を確認すると芭蕉は一目も憚らず大きな声で曽良の名を呼んだ。



「曽良くん!」

芭蕉の声が届いたのか、曽良はビックリしたように芭蕉を見た。


再び走り出そうとした足はいつの間にか立ち上がっていた曽良の声で立ち止まった。


「今更何のようですか!?」


その声は空気を振動させて芭蕉の鼓膜まで響く。

立ち止まっていた足を再び動かすと曽良が少し身じろいだ。
伝えたい事があってここに来たのだ。何が何でも伝えたいと意気込んできたのだ。

ここで足を止めるわけにはいかない。


曽良の前まで来ると表情が鮮明に見えたがその表情は今にも泣き出しそうに歪んでいた。


「ごめん」

謝って許される事とは思っていない。

それでも謝りたかった。


曽良にそんな顔をさせてしまった。

傷つけて、苦しませて、悲しませてしまった。



芭蕉は顔を上げると真剣な顔つきで曽良を見た。

「曽良くん。手出して」


「は?何で…」


芭蕉の言葉にうろたえていた曽良だが諦めたのか、渋々と手を芭蕉の前に差し出す。


その瞬間ちゃりんと言う音とともに手の平に広がる暖かな何か。
手の平を見た曽良の目は驚愕に見開かれた。

それは銀色に輝く鍵が曽良の手の平に収まっていた。


「え?」


曽良は弾かれたように芭蕉を見る。その瞳からは困惑の色が浮かんでいた。


「本当は卒業式の日に渡すつもりだったの。それは私の家の鍵。」


芭蕉の口調は落ち着いたように優しく紡がれていく。


「ごめんね。曽良くん。あの日の言葉は撤回してさ。もし曽良くんが良かったらもう一度付き合ってほしい。今度は絶対離さないから」


こんな事今更言っても遅いかな。


芭蕉のその言葉を曽良は静かに聞いていた。

何だこれは。
自分の都合のいい夢なら醒めてほしいと思う反面、醒めてほしくないという気持ちもあった。



信じたくないのに、また裏切られるかもしれないのに、なのにまたその言葉を信じたくなってしまった。
芭蕉に縋り付きたいと思ってしまった。

「っ…」



「何年かかってもずっと待ってるから。だから日本に帰ってきたらその鍵を使って1番に会いに来てよ」


そしたら一緒に住もう。

その言葉を聞いた瞬間曽良の大きな瞳からいくつもの大粒の涙が頬を伝って、ポツリポツリと地面に大きな染みを作っていく。



「芭蕉さんは…」


「うん」


「ッ馬鹿です…!」


「知ってるよ」


「嫌われたかと思った。」


「曽良くんの事嫌いになるわけないでしょ」


「理由も告げずに別れるから…」


「あの時は本当に悪かったって思ってるよ。多分凄く私も焦ってたんだ。」


ぽろぽろと流れ落ちる涙を指で掬うように拭った。





冷静になって考えたらありえない話しだったんだ。

だってほら。曽良くんはこんなにも私を好きでいてくれる。



幾分か落ち着いたのか、芭蕉に涙を見せた事が気恥ずかしいのか曽良はずっと俯いている。

その姿が可愛くて思わず笑ってしまう。

その時頭上からアナウンサーの声が響いた。

そろそろ飛行機が出発の時間なのだろうか。
周りでは急ぐように走っていく何人もの人が見える。

そろそろ曽良と別れの時間が近づいてきて無性に寂しくなった。


「曽良くん」


名前を呼んだら曽良がこちらに顔を向ける。
その瞬間を逃がさないとばかりに曽良に触れるだけのキスをした。



「なっ…」


ビックリしたように曽良は芭蕉から勢いよく離れた。でもその頬はほんのりと赤く染まっているのを曽良は気付いているのだろうか。


「曽良くんの返事聞きたいな」


「付き合ってあげてもいいですよ」


最後の意地なのか赤い頬を隠そうともせずそう叫ぶとそのまま逃げるかのように人混みに消えていった。

しっかりと鍵を握りしめていったのを芭蕉は見逃さない。



「可愛いなぁ」



次何年になるのか分からないがもう芭蕉は迷わない。


離れていても見えない糸で繋がっていることが分かったから。


芭蕉は頬を緩ませると曽良が見えなくなるまで見送っていた。


-end-





これでこの話は完結です。


何だか最後が納得いかないんですが私の文才ではこれが精一杯です…


でも芭蕉さんが曽良くんに鍵を渡すシーンが書きたかったので一応これで満足です。





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あきゅろす。
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