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七色ソプラノ2
「ねぇ。曽良くん!」

きらきら、そんな効果音がつきそうな笑みで芭蕉は駆け寄ってくる。

ああ、暑苦しいのが来ただ何て心の中で思っても芭蕉は足を止めないのだろう。
外では蝉時雨が鳴り響いてる。それに芭蕉の声が加わると何とも不快な不協和音に聞こえて曽良は知らずと溜め息をついた。


「何ですか?早く用件を言ってください。僕も暇じゃないんです」


「うん。」


余程急いで走ってきたのかまだ整わぬ息をそのままに芭蕉は叫ぶように言った。

「あのさ!曽良くんもう少しで卒業でしょ。渡したいものがあるんだ!だから、卒業式が終わったら屋上に来てほしいの!」




「別にいいですけど…。僕も話したい事があったんです。芭蕉さんには言うのが遅くなってしまったんですけど。」



「実は…」


心臓が早く波打ち、手に汗を握って話した事は今でも鮮明に覚えている。


桜はまだ咲き始めたばかりだと言うのに僕の、僕達の人生はこれを機に大きく変化したのをこの時はまだ分からなかった。



七色ソプラノ2






朝が早いからなのか人通りの少ない空港の中で曽良は椅子の上に腰を下ろし読書に耽っていた。

この小説は今、話題のミステリー小説。あの名高き有名な作家が書いている小説は売れ行きがよく、興味本意で手に取ってみたらこれがまた面白い。
流石プロなだけあって、曽良の明晰な頭脳を持ってしても、中々推理を解けずにいる。

ページ数は500ページに渡り、暇つぶしには最適で小説に熱中できるので現実での憂鬱な気持ちも一時だけ忘れる事ができる。

できるだけ芭蕉の事を思い出さないように小説に集中するが、どうしても頭の片隅でちらちらと芭蕉の顔が過ぎて知らずの内に嘆息する。

ちらりと時計に目を見遣る。
まだ時間的には余裕だ。


「曽良くん!」

再度、小説の方へ向けようとしていた顔を弾かれたように前へ向ける。



どこか懐かしい声が聞こえたと周囲に目を凝らすと遠くの前方へ見覚えのある人影が目に飛び込んでくる。

思わず目を見張った。

来るわけがないと思っていた人物の登場に頭が真っ白になる。


「ば、しょうさん…」

勢いよく走ってきたのか芭蕉の髪は所々乱れ、額にはうっすらとと汗が浮かんでいる。

曽良を視界におさめると安心したように顔を綻ばせる芭蕉に曽良は意味が分からないと顔を歪ませた。
いつのまにか立ち上がっていた足に力をいれ、駆け寄ってくる芭蕉にここが空港だという事も忘れて声を張り上げた。

「今更何のようですか!?」

ビリビリと空気を振動させた曽良の声は遠くまで響き渡っただろう。道行く人が不審そうに見るも、すぐに自分の境遇を思い出したのか足早に去っていく。




曽良の声に一瞬足を止めたものの、それでもすぐに芭蕉は歩きだした。

真っ直ぐと曽良を見据えた瞳は真剣そのもので思わず瞠目してしまう。

少しずつ縮まっていく距離に心臓は早く波打ち、目眩がするような錯覚を覚えた。


何だ。これでは芭蕉に振り回されてばかりではないか。嫌だ。何で一度は捨てたのに何で…。


「何でッ…」


曽良の前まできた芭蕉に思わず手に力が入る。何を言われるのか身構えていると、芭蕉の頭が深々と下げられた。


「ごめん」


「は?」

随分と情けない声が出たが、それすらも気にならないほど頭が混乱していた。

予想外の事態に、予想外の言動に、頭がパンクしてしまいそうだ。


「何で今更謝るんですか?」

分からない。
芭蕉の行動が分からないのはいつもの事だが、今日はそれ以上に分からない。

目を白黒させている曽良を尻目に芭蕉はぽつぽつと話しはじめた。





--------------


あの日、廊下で言われた衝撃の事実に芭蕉は固まっていた。話しがあると、その場で言われた耳を疑いたくなる、留学という言葉。

またいつもの曽良のからかいかと思ったが曽良の瞳を見て思った。本気何だと。

「良かったね、おめでとう。頑張って!」

本心でもない事を言ってしまった自分に思わず笑うが、それでも曽良の夢何だと己に言い聞かせて祝福の言葉を述べた。

曽良の嬉しそうな顔にこれで良かったのだと思う反面、胸の奥にモヤモヤといいしれようのない感情が広がっていくのを感じる。

゙じゃあ私はまだ、仕事が残ってるから"

もっともらしい事を言って慌ててその場を去る私は不思議に思われただろうか。


職員室の机。
多くの先生と生徒が行き交う様をぼんやりと眺めていた芭蕉は深く嘆息した。

ボールペンを手の平で転がし、戻し、また転がす。
その延々ともとれる作業を芭蕉は数十分に渡り繰り返していた。

机の上にはやらないといけない書類、プリントがあるのにどうしてもやる気が出ない。

これでは教師失格だと言われても致し方ないが、今芭蕉の悩内を占めるのは曽良だ。


曽良は容姿端麗、眉目秀麗という言葉が相応しいくらい美しい。それは同性の芭蕉から見ても惹かれる魔力を持っていた。


せっかく苦労して曽良を落とし付き合う事に成功したのだ。
外国に行ってしまったら会う機会が極端に減り、下手したら何年間も会う事が出来なくなる。
更に曽良はモテるから異郷の地へ行って誰かに攫われたりしないだろうかと心配になる。必ずしもそうなるとは限らないが心配なものは心配なのだ。



そして芭蕉が1番恐れている事は曽良に愛想尽かされてしまうのではないかという事。

遠恋は別れる確率が高くなると聞く。もし曽良が他の人へ興味が移り、芭蕉と別れる事になるなんて嫌だ。会えなくなるのも嫌だ。


途方に暮れた芭蕉は深い溜め息をつき、椅子から立ち上がった。


このまま別れた方がお互いの為になるんじゃないかと。曽良はまだ若いし、これから色々経験などをしていかなくてはならないのではないかと。


胸の痛みに気がつかず、芭蕉は職員室を後にした。


散々机の上で弄ばれていたボールペンは淋しく床に転がっていた。




屋上に曽良を呼んで別れ話を切り出した。

曽良の方を見ずにずっと屋上を眺めていた芭蕉は曽良が今どんな表情をしてるいるのか分からない。
曽良の方を見てしまったら気持ちが揺らいでしまいそうでどうしても見る事ができなかった。

曽良が去った後もしばらく屋上にいた芭蕉は風に吹かれながら後悔の念を押し殺すように寝転がって空を見上げていた。



夜中、芭蕉は昼にできなかった書類の片付けを行っていた。ひたすら無心に曽良の事を考えずに没頭していたらもう12過ぎになっていた。

曽良が言っていた明日日本を発つという言葉。今日がその明日だ。
今頃、曽良は明日に備えて寝てるのかだなんて考えている時に芭蕉の携帯が着信を告げた。

この着信音、曽良だ。


芭蕉は飛び起きるように起き上がると急いで携帯の元へ行き、耳に当てた。


「もしもし」


現金なやつだと思われてもいい。ただ単に曽良への着信が嬉しかった。



だが聞こえてきた声の抑揚のなさに芭蕉は一抹の不安を覚えた。


部屋が異様に静かで曽良の声がよく聞こえてくる。


時刻は12時を過ぎたばかりだ。




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文字数が入りきらなかったorz


次のお話しでいよいよこの話も完結です!



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あきゅろす。
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