夜の秘密
※学パロ
濃紺の空に丸い金色の月がポカンと浮かんでいるようなそんな夜。
初夏の風に包まれながらネオン色に輝く町並みを屋上から見下ろす。
ここから見る景色が僕は好きだった。
嫌な事があった日には現実から逃げるようにここへやってくる。
昼間は生徒達の声などで騒がしく聞こえてくるのに今はひとっこひとりもいないグランドを見ているのは、どうにも不思議な気分だ。
こっから地上を見ていると実に色んな人がいる。
会社帰りのサラリーマンや仲良く歩いている恋人、買い物でもしているのか子供と一緒に歩いている親子など見ていて飽きない。
物思いに耽っていると突如聞こえてきた足音に一気に現実に引き戻される。
曽良には嫌いな事が二つあった。
一つは人の気も知らないで纏わり付いてくる奴。
もう一つはこうやって一人の時間を邪魔されるときだ。
「こんな時間に何やってるの?」
聞き覚えのある声に知らずと溜め息をついてしまう。
「芭蕉さん。あなたは今、僕の嫌いな人No.1です。よかったですね」
「何それ!?ちっともよくないよ」
ぎゃーぎゃー喚き出す芭蕉さんに呆れの眼差しで見遣る。
「芭蕉さんこそこんな時間に何のようですか?」
「いや、今ね。先生達の間で噂があってね。何でも夜中の10時くらいに屋上にお化けが出るんだって。だから確かめにきたの」
「へー。そういうのに人一倍苦手そうなのにわざわざこんな時間に一人でここへ来たんですか」
凄いですね。
何て棒読みで言ってやっても気にしてないのか涼しい顔をしながら僕の隣を陣取る。
何だ。
つまんない。
「優等生の曽良くんがこんな時間に屋上にいるだなんて他の先生が聞いたらきっとびっくりするよ」
「注意しなくていいんですか?」
「うーん…。こんな時間にこんな所にいるぐらいだから何かあったんでしょ?だったら別に私は注意しないよ」
思わず目を見張る。
本当にそんな教師でいいのかとか言いたい事は山々あったのに何故か音になる事はなかった。
「たまにはこうゆうのもいいね。何だか新鮮に感じるよ」
にへらと笑うその笑顔、何もかもを見透かすような茶色の瞳。
本当に気にくわない。
何かびっくりさせれるような事を考えてると頭に一つのアイデアが思い浮かんだ。
悪戯に笑うと曽良はおもむろに立ち上がるとそのまま前を歩いて行く。
後ろから芭蕉の焦ったような声が聞こえるがそんなのは無視。
落ちる手前ギリギリまで行くと芭蕉の方を曽良は深刻な表情で見据える。
生暖かい風が屋上を吹き抜けるように二人の髪を靡かせる。
芭蕉は息を呑んだ。
こんな曽良の顔見た事がない。
自慢で言うわけじゃないが自分の嫌な予感は妙に当たる。
今日だって朝ごはんで食べた魚のフライ。
これ腐ってそうだなぁと思って食べたら本当に腐っていてずっとトイレに引き込もっていたら今度は遅刻しそうになって急いで準備して家を飛び出したら何故だか犬に追いかけられて大幅に時間ロス。
結局学校には遅刻してしまいもの凄く怒られた。
そうまさに今はその予感だ。
曽良くんに限ってそんな事はないと思っていたが優等生の重みや責任感などもあるのかもしれない。
一クラスの担任、否教師として説得するしかない(曽良には恋心を抱いてるのでそれも+して)
芭蕉が口を開くまえに曽良がそれを遮る。その声色は思っていた以上に深刻で重い。
「芭蕉さん。実は僕ここに居るのはもう一つ理由があるんです」
曽良は足元に視線をやり心の中でほくそ笑む。
本当はもうネタバラシをしてもいいのだが自分の行動に一々反応する芭蕉が面白くてついつい調子に乗ってしまう。
まさか本当に飛び降りるとでも思っているのだろうか。
ないない。
これは曽良の演技だ。
「曽良くん!と、とりあえずさ…こっちに来てよ。悩んでいる事があるならさ話に乗るよ?明日一日中使ってでも話聞いてあげるからさ」
見るからに同様している芭蕉に笑いそうになるがここで笑ったら今までの演技が台なしだ。
次はどんなリアクションをしてくれるのかと芭蕉の方に目を向ける。
「曽良くん…」
多分今どんなに言っても曽良がこちらに来てくれる確率は0に等しい。
ならばもう自分が行動を移つしかない。
こちら側に引っ張れば一先ず大丈夫だろうか。
芭蕉は曽良を刺激しないようにゆっくりと曽良に近づく。
そろりそろりと。
そんな芭蕉を曽良は静かに見据える。
あれ?
何だこれ案外いけるではないか。
大分近づいたし後は曽良の手を掴めば大丈夫だ。
と思った矢先に曽良はにやりと笑うと同時に片足を上げて一本の足でバランスを取った。
芭蕉の背中に嫌な汗が伝う。
「っあ…」
「え…?」
ぐらりと曽良の体が傾いたと思うとそのまま重力に逆らって一直線に落ちていく。
何もかもがスローモーションに見えて芭蕉は手を差し延べた。
「曽良くん!!」
曽良は咄嗟に芭蕉の手を取ったが足は地についてなく宙ぶらりの状態。
果てしなく危機的状況。
下を見るのが怖くて芭蕉の手を強く握るとその手の温かさに少し安堵した。
「曽良くん、大丈夫だから。実は私昔マッスル松尾と呼ばれていて皆から称えられていたんだよ」
芭蕉は曽良を安心させるようにおどけていうがその表情は硬い。
こんな状況でも相変わらずの芭蕉に笑うがその表情に気付いた。
強がっている。
足を踏ん張って耐えているようだが前方へと引きずられるように前へ進んでいる。
このままでは芭蕉もろとも落ちてしまう。
「芭蕉さん手離して下さい」
「離したら曽良くん落ちちゃうでしょ」
そんな事は分かりきっているんだけどもうどうしようもない。
自分の不本意で芭蕉を道連れにするのが嫌なんだ。
「このままでは貴方も落ちてしまうんですよ」
だから早く離して下さい。
それを言う前に芭蕉の真剣な表情に言葉が詰まる
どうして
こんなどうしようもない生徒見切ってしまえばいいのに。
それができないのは芭蕉の性格故だからだろう。
困ってる人がいたら見捨てる事なく手を差し延べるそんな人だから周りに人が集まるのだ。
そう自分から見捨てる事ができない人なんだ。
だったら自分から行動をすればいいんだ。
何だ。
そんな簡単な事。
曽良はふいに笑うと目を閉じた。その動作の意図を察したのか芭蕉が制止を言う前に握っていた手を曽良は強く振り払った。
ゆっくりと落ちていく体に目を閉じたまま全身の力を抜く。
あまり死というものは怖くなかった、ただ死んだらタンパク質の塊になるだけなんだと幼い頃から理解はしていた。
だから怖くない。この感情は怖いというよりも寂しいという方が合っている。
何故だか芭蕉のあの必死な表情が頭から離れなくて、繋いだ手が今だに熱くて、こんな状況にこんな事を思っている自分にムカついて。
ごちゃごちゃしている感情に見ないフリをしようと決心したのに。
「曽良くん!!」
芭蕉の声を聞いた瞬間にもう何もかもがどうでもよくなった。
目を開けて屋上の方を見ると芭蕉が両手を広げながら、飛び降りている光景に目を見張る。
何やっているんだあの人は。
馬鹿か。馬鹿なのか。
あっ 馬鹿だった。
芭蕉は曽良を引き寄せるように抱き抱える。
状況はたいした変わらないがさっきまでは風の冷たさだけが体を支配していたのだけれど今は芭蕉の温もりで包まれる。
その温かさは曽良に安堵を感じさせた。
だがこのままだと芭蕉が曽良の下敷きになってしまう。
ただでさえ腰が痛いだの疲れただの日々愚痴っているのに地面に曽良もろとも叩きつけられたら骨が折れるかもしれない。
それ以上に死ぬ確率の方が高いのだ。
そう判断した曽良は芭蕉と自分の体を反転させる。
これだったらもしかしたら芭蕉だけでも生き延びるだろう。
そう判断した曽良は肩の荷が下りたように目を閉じる。
最後に見た夜空は星が眩しい程に輝いていて……
そこで曽良の意識は途絶えた。
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