意気地無しな心
※旅に出る前(捏造あり)
「曽良くん!今からこの丘を駆け降りるから見てて!!」
そういうや否や両手いっぱい広げて駆け降りてく姿はエリマキトカゲが水面を走っている姿に似ていると心の隅で思った。
スピード加減を知らないのかスピードについていてないのが手にとるように分かる。
あれはきっと転ぶなと思っていたら案の定変な奇声を発して顔面からダイブ。
本当に馬鹿だ。
あの人は
「こけちゃった。松尾失敗」
頭に草を乗せて大笑いしている芭蕉を尻目に眼前に広がる海に目を奪われる。
夕日に照らされた水面をオレンジ色の光が反射しキラキラと光っている。
「曽良くんもこっちにきなよ」
「仕方ないですね」
何て本当はもっと間近で海を見ていたかったので静かに丘を下って芭蕉の隣までいく。
遠くに見える夕日は今にも沈んでしまいそうに小さく見える。
もったいない。
せっかくこんなにも綺麗なのに
「曽良くん。私決めたよ」
横目で見る芭蕉さんは愛でるような優しい目で海を眺めていた。
「私旅に出るよ。色んな所を旅して、美味しい物を食べたり、まだ行った事のない新しい場所に行ったりするんだ。そしてこんな風に綺麗な景色を俳句にして色んな人にこの景色のよさや感じたことを広めていくの」
ね!よくない?
少し想像してみた。
芭蕉さんの句が世の中に知れ渡る。
きっと多くの人を感動させ、笑顔にし、そして有名になっていくのだろう。
「素晴らしいと思います」
嬉しさと寂しさが胸の中を行き交う。
ずっと一緒にいれない事ぐらい分かっていた。
芭蕉さんは素晴らしい俳句の才能がある。
それはそんなに名の通っていない今でもファンを増やしていってるし自分もそのうちのファンの一人。
才能を使わないと、ただの宝のもちくされというやつだ。
僕が知らない他の弟子と行ったこともない土地の地を踏み、自然の美しさを共有して名を馳せていくのだろう。
恋人同士になった今でも彼を止める術を僕は知らない。
「ねぇ、曽良くん。一緒に旅に行かない?」
はっと弾かれたように芭蕉を見据える。
「一緒に行こうよ」
差し出された手。
握ってもいいのだろうか。
だって僕何かと旅に出ても楽しくなんかないだろう。
自分の気持ちを上手く表に出せない僕何て…
自分で何をこんなに卑屈的になってるのかはわからないけどきっと心の整理がついてないんだ
そうだ、そうに違いない。
「何言ってるんですか。あなたにはまだ沢山の弟子がいるでしょ。他の人といけばいいでしょ」
思わず自嘲してしまう。
素直になれない。
仕方ないこの性格は生まれつきだ。
芭蕉の視線に耐え切れず自然と俯いてしまう。
俯いてしまったせいで芭蕉の表情を窺い知ることはできない。
でも見なくても分かる。
困ったような呆れた表情でもしているのだろう。
「曽良くん」
発せられた声は思っていたよりも優しい声で思わず顔を上げると温もりと温かな匂いに包まれていた。
抱きしめられたのだと理解するのに数秒時間を費やした。
「もう、何でそういう事言うのかな…」
いい?曽良くん。
少し怒ったような声に曽良は黙って耳を傾ける。
「私は曽良くんと旅したいの、他の弟子がどうとかじゃない。曽良くんがいいんだよ。恋人同士何だから自分の気持ちを押し殺したりしないで。本当の曽良くんの気持ちを聞かせてよ」
言いたい事をまくし立てるように言うと満足したのかいつもの穏やかな笑みに戻っていた。
芭蕉は気付いていたのだ。
自分の気持ちを、
思わず泣きそうになったがそこは自分のなけなしのプライドで耐えた。
ここで泣いたら芭蕉にネタにされてからかわれるかもしれない。
そんなのはごめんだ。
「そんなに僕と一緒に行きたいって言うんだったら行ってやらないこともありませんよ」
いつもの皮肉じみた笑みで言ってやると芭蕉は少し安心したように笑った。
「いや〜楽しみだね。これから曽良くんと旅に出ると思うと胸が踊るよ。松尾感激!」
「何馬鹿な事言ってるんですか。馬鹿言ってると置いてきますよ」
「あぁ〜いつもの調子に戻ったと思ったらこれだもん…
たまにはデレてくれてもいいんじゃん!」
「そうですね…。芭蕉さんが後世に残るような素晴らしい俳句を作ってくれたらもしかしたらあるかもしれませんね」
「本当に!?よーし!松尾頑張るからね」
何て単純明快な馬鹿なんだろう。
でもそんな馬鹿に惚れた僕も馬鹿なのかもしれない。
この先の旅が楽しみだなんて、
夕日が沈みきった空を見ながらそう思った
-end-
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