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ある日の僕の苦難
会社見学で見かけた派手な髪の先輩。
一瞬で目を奪われて、絶対合格してやるって思った。





ここに入社できたら、あの先輩と話せる機会もあるのかなって。同じ部署の配属になって、しかも指導員がまさに一目惚れした憧れの先輩だったなんて、感動しすぎて吐くかと思ったあの頃。
先輩の教え方は本当に分かりやすくて、(一方的な片想いのお陰でもあるかもしれないが)すんなりと頭の中に入ってくる。

だからエリートだとかなんとか言われて遠ざけられたりした時はかなり落ち込んだ。
周りの先輩達が「分からないことがあったら気軽に聞いてくれ」と言ってはくれたけど、俺は長曾我部先輩以外に頼りたくなかったし。


「先輩、お茶入りました」
「お、サンキュ!いつもありがとな」

あれから随分と長い時間をこの会社で過ごした。
先輩はこの部署のチームリーダーに任命されて毎日忙しそうだ。俺は俺で、先輩から引き継いだ仕事を必死にこなしてる。

もう、指導員と後輩なんて特別な関係ではないけど。
頼れる上司と部下っていう間柄に昇格したからまぁ良しとしよう。


「チカー、企画部のパソコンがおかしいってー」
「はぁ?ココからの電力供給は正しいからまた浅井が変なトコ押したんじゃねぇの?」
「俺、見てきましょうか?」
「ん、悪ィ頼めるか?俺ちょっとまだ手が離せそうにないんだ」
「お!伊達ちゃんありがとな!助かるよ!」
「お前行くの面倒なだけだろ!ちったァ政宗見習えよ!」

先輩は、誰にでも優しい。
面倒見も良くて後輩からも慕われている。
上司からは可愛がられているし、いつも人の輪の中心で笑っているような。



「…あ、そうだ政宗」
「はい?」
「今日この後なんか予定ある?」
「え?いや…、特には」

定時を過ぎて、人も疎らになったオフィス。
うーうー唸りながら提出する書類を整理していた先輩が不意に声をかけてきた。

「飯、食いに行かねぇ?」
「飯、ですか?」
「そういや政宗と飯行ったことなかったなーって思ってよ」
「あ、でも俺今月ちょっと厳しくて」
「だからだろ!俺が後輩に金出させるとか思ってんの?」

愉快そうに笑う顔、そうやって無邪気に向けられるとどうしたらいいか分からなくなる。
ただでさえ憧れの、片想いの先輩で。俺に土下座してきたあの日から急接近した距離にまだ慣れていないのに。


「…いいんスか、本当に」
「いいんだって、花金なんだから今日は飲め飲め!」
「先輩また今月ヤベーって泣く羽目になりますよ」
「はは!そうなったら佐助の家に転がり込む!」
「…滅茶苦茶っスね」

前に一度、俺の歓迎会と称して部署の先輩達と飲みに行ったことはあった。でもその時は他にも大勢いたし、先輩も俺を邪見にしてた時だったからこうもガッツリ話したりしていない。
酒が入っているからか先輩もいつもより若干強引だ、話の持っていき方とか。


「政宗はさぁー」
「はい」
「彼女とかいんの?」
「ぶっ、!…はい?」
「だから、彼女!いるんだろー?彼女の2人や3人」
「いやいやいや、2人も3人も無理でしょ刺されますよ」

いいなー羨ましいな畜生って酔ってんのか酔ってないのか微妙なノリで言われても。
今までで考えればそりゃいなかったでもないにしろ、入社してからは先輩に必死すぎて女とかまったく興味なかった気がする。アレ、大丈夫か俺。

「…いませんよ、しばらく」
「はい、絶対嘘ー」
「…そういう先輩はどうなんですか」
「俺?俺はなぁー…仕事が彼女だし?」
「うっわ、久し振りに聞きましたよソレ」

この人はさぞかしモテるだろう。
むしろ人に嫌われることってあるのか?

本当に彼女ができないんだとしたらそれは自分から動かないからだろう。俺が女ならまず高嶺の花すぎて手も出せない。


「総務課の若い姉ちゃん達がさぁ」
「はい」
「政宗を紹介してくれってしつこいんだよ」
「え?」
「総務だけじゃねぇ!営業も、企画も、工場の連中も!なんでお前ばっかモテんのズルい!!」
「ちょ、先輩落ち着いて」

ホント、酒が入ると手のかかる子供みたいになるんだから大変だ。いや、嫌なわけではない、断じて。

「世の中の女性は、お前みたいなくーるびゅーてぃーを求めてるらしいぞ」
「いや、知りませんから」
「ずっと観察してたら俺もお前みたいになれるかな」
「なにワケ分かんないこと言ってんスか」
「…………………」
「だから!無言で見つめんのやめてくださいよ顔近いから!!!!」
「佐助がさぁ」



「『伊達ちゃんってホント、チカちゃん大好きだよねぇ〜』って、言ってたぜ?」



「っ、??!!」
「…今なら手ェ出しても誰も見てねぇよ?」


ココ、死角だし。なんて殺し文句。
俺がどんだけ我慢してるか分かってんのかアンタ。

目前まで迫ってる端正な顔は、どこをどう形容してもその名の通りの『cool beauty』だろう。
透き通った瞳と、薄く潤った唇に吸い込まれそう。


「…、せん、ぱ‥」
「なぁ〜んつって」
「は、?」
「あははは!政宗って結構ヘタレだったんだな!」
「な、に…」

あの距離なら普通くるだろ!お前は草食系かっ!とかなんとか言いながら俺の皿にレタスを乗っけてくる先輩。…凄く楽しそうだ、怒る気も失せる。


でも、やられっぱなしは癪だから。


「佐助に言わなきゃな、政宗はヘタレだっ、て…」
「先輩」
「?…‥っ、」

「俺がどんなヤツか、ちゃんと知ってます?…気をつけたほうがいいっスよー、面白半分に煽ると後が怖いっスから」



今夜は死角を選んでしまったことを存分に後悔してもらおうか。










なにも知らないignorant kitty




(先輩の唇超ウマい)
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こんなはずじゃなかった…!!

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あきゅろす。
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