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ただの隣人です、ただの
最近、誰かに見られている気がする。


自分のことに関してはわりと無頓着な感じだから今まで大して気にもしていなかったけど、これはちょっと異常かもしれないと思うようになってきた。





ただの隣人です、ただの





声優って職業もやっと板についてきて、今じゃ映画の吹き替えやアニメの主要キャラクターまでやらせてもらえるようになった。
給料も徐々にではあるが上がってきてるから、駆け出しの頃に住んでいたボロアパートとも別れを告げて、格段に良いマンションへ引っ越しをしたのも最近。その頃くらいからだろうか、常に誰かの視線を感じるようになった。

声を売っている仕事だから、タレントやアーティストに比べたらファンの数なんてたかが知れてるかもしれない。だけど俺達の演じるキャラクターに本気で恋をしている人達もいるのだから甘く見ちゃいけない。熱狂振りで言えば声優のファンも負けちゃいないだろう。
そいつらの誰かが四六時中、俺に猛烈な念力的なモノを飛ばしてるのかもしれないしそれは分からないけど。危害を加えられたわけでもないし、放っておけば収まるだろう、なんて思ってた俺がバカだった。





「Oh…またすげぇなこりゃ…」

仕事を終えて帰宅すると、玄関の近くに置いてあった固定電話から大量のFAXが受信されている。紙の補給をしろってエラーが出てるからおそらくまだ続きがあるんだろう。これは完璧にストーカーだって、さすがの俺でも分かった。
紙がもったいないから受信したFAX裏返して突っ込んでやったら、ガーガーいって気持ち悪いくらい大量のメッセージを印刷している。気味が悪いな、なんて思っていると不意に玄関のチャイムが鳴って、思わず肩が跳ねる。日付が変わるような時間帯なのに、一体誰だ?
内心ビクつきながらも覗き穴から外を見れば、十代後半か二十代前半か、そんな見た目の青年が小包を抱えて立っていた。


「……はい?」
「あ、夜分遅くにすみません。昨日隣に引っ越してきた者ですけど」
「あぁ、そうなんですか」
「同じ階の方でご挨拶終わってないの、こちらだけだったんで…あの、俺、長曾我部っていうんですけど、」
「あ、伊達です。仕事柄留守にすることが多いので、すみません気を遣わせたみたいで」
「いえそんな!…あ、これつまらない物ですが」
「有難うございます。いただきますね」

笑顔が素敵な青年だと思った。なにより変わった容姿をしている。
白銀の髪は染料で染めたような人工的な色ではなかったし、同じ色の睫毛に覆われた瞳はどこまでも澄んだ碧だ。シルクのような絹肌が白すぎて眩しい。自分とは反対の目を隠している眼帯にも親近感が湧いて、初対面のはずなのにそんな気がしない。

「勉強してたら丁度玄関の開く音が聞こえたのでもしかしたらと思って。…ご迷惑でしたよね?」
「そんなことないですよ、いつもこの時間は大抵起きてるし」
「良かった…怖そうな人だったらどうしようかと………あれ?伊達さん、あのFAX紙詰まりしてません?」
「Ah?…わぁ、ホントだ」

参ったな、機械には疎いから修理なんてできねぇぞ。

「…俺でよければ直しますけど」
「本当か?!助かる!」


唯一仕事から解放されるプライベートルームに他人を上げるなんてまず有り得ないけど、今はそれどころじゃない。それに、なんでかこの子なら家に招いてもいいだろうって気さえしてる。

「あー…給紙がシワになってたみたいですねぇ」
「再利用したからかな」
「再利用?エコなんですね」
「や、なんか迷惑なヤツから大量にFAXきてたから再生紙で十分かなと」
「え、……わ、ホントだ凄い…」

長曾我部君の表情が一瞬にして曇った。そりゃそうだよな、大の男がこんなベタな嫌がらせ受けてるとか俺なら笑っちまう。

「…大変ですね」
「いや?別に女じゃあるまいし、こんなことで病んだりしねぇけどな」
「あ、の!…俺でよければ、なんでも言ってくださいね…?」
「ん?」
「セキュリティのこととか、…機械系わりと強いんでお役に立てるかもしれないし」
「はは、ありがとう。頼もしいな」

ふわふわの綿菓子みたいな頭を軽く撫でつけてやったら真っ赤になってしまった。なんだ、照れ屋なのか?


「あ、じゃ、じゃあ俺はこれで失礼します!!おおおお休みなさいぃぃ!」
「おー…おやすみ〜…」

真っ赤になったまま疾風のごとく帰っていった。しっかりした外見のわりに初心なんだな。なんか可愛い。



それから数日が過ぎて、しばらくは例のストーカーも大人しくなっていた頃。お隣の長曾我部君とよく会うようになった。
よく会うと言っても特に約束を取りつけて遊びに行ったりとかそんなんじゃなくて、もっと偶然的な。ゴミ出しの時間に出くわすのはもちろんのこと、オフの日に街中で出会ったり、彼を見かける機会が格段に増えた。そのたびに軽く挨拶なんかして、最近じゃ急ぎの用がなければ俺からお茶に誘ったりするくらい。
いつしかお互いの呼び名も「元親君」と「政宗さん」に変わってったし、今じゃ可愛い弟みたいだ。

今日もたまたま仕事前に出掛けてたら元親君を見つけて、向こうも気づいたみたいだから仕事が始まる前にカフェでお茶してきた。仕事の前に元親君に会うとなんでか気分が落ち着いてすんなり収録が終わるんだよな。
元親君に言ったら「それは俺じゃなくて確実にコーヒーのお陰ですよ」なんて笑われたし。俺は絶対に元親君の癒しオーラのお陰だと思ってるんだけど。

だって「いってらっしゃい」なんて言われた日にはひどく気分がいい。一人身生活が長いから優しさが身に沁みるというか。親父か、俺。





「はい、おつかれ〜。今日も伊達ちゃん絶好調ってことで!」
「本当に、目を見張るばかりでござるな!」
「なになに、恋でもしちゃってんじゃないの〜?」
「マジ??!!」
「なわけあるか」

同僚に茶化されつつ、今日のラジオ収録でもらった大量の菓子類を車に積んで帰宅する。俺は食わないけど、元親君は多分この手の甘味が好きだろうから。たまにカフェで可愛らしいケーキなんかをちびちび食べてるし。

いつもよりも少し早い時間に家に着いて、玄関に荷物を置いたらその足で元親君の家のチャイムを鳴らす。いつもならすぐに元気の良い返事が聞こえてなんの躊躇いもなく扉が開くのに、今日は出てこない。
不審に思って何度か鳴らしてみるが、やっぱり出てこない。出掛けているのか?こんな夜中に?覗き穴から覗くと明かりが漏れているのは確認できたから、外出中ではないはずだ。…まさかなにか事件に巻き込まれたとか??!!


日頃のアニメ録りの影響か、そんな良からぬことが脳裏を横切って、咄嗟にドアノブを引っ張った。思えば、この時諦めて帰っていれば俺はまだまともな人間でいられたんだ。



「……‥なんだよ…これ‥、」

無人の空間。壁一面に貼られた、俺が担当しているキャラクター達のポスターや、俺の出ている雑誌の切り抜き。トークショーのDVDやドラマCDは山積みになっていて、ベッドの上にはおそらく盗撮されたであろう俺の写真が大量に現像されていた。
ガラステーブルには使用済みの髭剃りや歯ブラシが綺麗に鎮座している。誰のかなんて聞くのは愚問だろう。
ゴミ箱から溢れている紙屑をひとつ広げてみれば、あの時、元親君と初めて顔を合わせた時に流れてきていたFAXと同じものがシワシワに丸めて捨てられていた。


「あーあ、見つかっちゃった」


「っ??!!」
「ダメじゃないですか、勝手に入ってきたりしたら」
「元親、く…」
「ごめんね、俺、政宗さんが無名だった頃から大好きで。好きすぎたらこんなんなってた」
「は、…?」
「初めはさ、こうやって雑誌とか見て、ラジオなんかで声が聴けたらそれで満足だった。…‥でも段々会いたくなっちゃってさ」
「………っ、」
「ちょっとだけ、ちょっとだけって思ってても止まんなくて。…俺、おかしいんだ。政宗さんも気持ち悪いだろ?」


その顔も演技なんだろうか。今まで見てきた笑顔も、いってらっしゃいって微笑む顔も、全部。だとしたらお前、相当な役者になれるよ。

「政宗さんが俺をお茶に誘ってくれるようになってからは毎日が楽しかった。あんなに頻繁に偶然出会うなんて有り得ないのに、まるで俺のこと疑いもしなかったから。………でも、もう辞めるね。バレちゃったし、政宗さんにこれ以上嫌われたくないから」

頭が真っ白だ。理解が追いつかない。ストーカーのことで図らずも悩まされていた俺が、そのストーカーに癒されていたなんて。
ゴミを漁るようなヤツに奢ってやっていたなんて。外出時に着け歩くような男に、手土産持ってムダな心配までしていたなんて。

これが会ったことも話したこともない男なら殴ってただろうし、女なら真っ先に警察呼んだだろう。そうすることが当たり前の判断だってこともよく分かってる。なのに。
元親君にはどうしてかそれができないんだ。しゃがみ込んだまま膝を抱えて顔を上げようとしない元親君がなぜだかとんでもなく愛しく思えてしまう。…浸食されて俺までおかしくなったんだろうか?


「…元親君…‥」
「ごめんなさい、政宗さん」

演技なんかじゃない。一挙一動が全部彼の本音だったんだ。行きすぎた愛情だと思えばこの子限定で平気だと思えてしまう。

「もういいよ」
「まさ、…、」

「これからはこんな犯罪者みたいなことしないで、いつもみたいにいってらしゃいって言ってくんね?」



オプションのつもりでつけたキスは思いのほか柔らかくて、俺のほうがハマってしまいそうだった。










異色恋愛だって、どうぞ嗤ってくれ





(それでも好きになっちまったモンは仕方ない)
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ストーカーダテチカ、とリクエストいただきました。楽しかった。やっぱり病み要素入ってしまった。政宗の職業はモデルか声優かって指定でしたので声優にしました!腹いっぱいになっていただけたら嬉しいです。

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