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空色コントラスト(特殊)
小さな小さな町の外れ。
その少年は暮らしていました。



少年は名前を元親といいました。
両親は早くに他界、今はおじいさんと2人で貧しくも幸せに暮らしていました。

朝は食パンと少しのチーズを食べ、昼には野草を採りに森へ向かいます。森にはたくさんの動物がいて、少年の友達はその動物たちだけでした。
夜は虫の声を聞きながら、おじいさんの傍で眠ります。

少年は奇形として産まれてからというもの、町の人々から迫害され続けてきました。
死人の血を吸い取ったような朱い左の目は、見ると命を奪われてしまうとすら言われ、少年は友達を作ることはおろか町を歩くことさえも困難でした。

そんな少年を励ますように、おじいさんは毎日、眠る前に彼の左目にキスを落とします。
可愛い孫の透き通った朱い瞳は、どんな宝石よりも綺麗だったからです。


「愛しい元親、明日も幸せでありますように」



しかし、それから数日が過ぎたある日。おじいさんの容態は急変してしまいます。
町のお医者様もお金のない家を看てくれるわけもなく、おじいさんはとても綺麗な満月の夜にそっと息を引き取りました。「お前は優しい子だ。強く強く生きていきなさい」そう言い残して。
悲しみで泣き続けた少年の左目は、いつもよりも深い深い朱色です。少年はこれから町の外れの小さな家で、たった1人きりで暮らしていかなければなりません。
町に食べ物を買いに行こうにもお金がない少年は、心細さを奮い立たせていつもの森へ野草を採りに向かいました。


森へ抜ける道を歩いていると、2本足のカエルに出会いました。
手には見たことのない野草を持って、ぐるぐると大きな瞳がこちらをジッと見ています。
元々動物と仲良しだった少年はカエルに話しかけてみました。


「どこへ行くの?」


するとカエルはくるりと前を向き、数歩進んでまたこちらを振り返りました。

「ついてこいって言ってるのかな?」

少年はカエルの後を追いかけます。



そこは不思議な森でした。
毎日通い慣れた森と同じ場所とはまるで思えません。

風もないのに揺れる木々は、強い日差しから少年を守るようにアーチを作ってくれます。
虹色の目をした天道虫は、サファイアの欠片を散りばめた蝶々と仲良くお出かけのようです。
段々と奥へ奥へ進んでいくと、薄暗い群青の空がどこまでも続きます。少年は迷子にならないようにと、光るカエルの背中の模様を目印に歩きました。


どのくらい歩いたでしょうか。やっと立ち止まったカエルの先には、小さな家がありました。
湖の真ん中にぽつりと浮いています。ダークブルーの湖には星のように輝く魚がたくさん泳いでいて、まるで空と海が逆様になったようです。
時折ポチャンと跳ねる魚の鱗が月の光に照らされてとても幻想的でした。橋を渡る足下は七色に光る螢が照らしてくれます。

小さな家にはチャイムがありませんでした。
ドアの前にカエルが立つと、自動的に開きます。


「おや、お友達を連れてきたのかい?」


中から王子様のような顔をした、育ちの良さそうな男の人が出てきました。
ニコリと微笑んだその人の右の瞳は、綺麗な綺麗なダイヤモンドでした。

「この子とは森へ行く途中の道で出会ったんだ。不思議な野草を持っていたから」
「あぁ、ちょっとしたお遣いを頼んでいてね」

擦り潰して塗ると火傷の薬になるのだと、奥の部屋に入っていきます。

「どうぞお入り。温かいスープをあげよう」

優しい青年の声に、少しお腹も減っていた少年は小さく頷いて中へと入りました。


スープの皿を用意してくれるカエルに礼を言うと、青年はそこへスープを注いでくれます。
キノコは柔らかく煮込まれて、その上を鮮やかなバジルが踊っているようです。トマトの香りが余計に空腹を誘いました。


「…お兄さんは一体だぁれ?」
「俺は政宗。…君は元親だね?」
「どうして知ってるの?」
「そんなに綺麗な朱い色をした瞳は、町のどこを探しても君だけさ」
「綺麗じゃないよ、呪われてるんだ。たった1人だけ、味方だったおじいさんも死んじゃった。…こんな瞳じゃ、町に働きにだって出られやしないよ」

少年はこの瞳が大嫌いでした。
こんな目でなければ、みんなと友達にだってなれたのに。


「僕もお兄さんみたいに、ダイヤモンドが良かったな」


一口飲んだスープは体の芯から温まるようです。
あまりの美味しさに、図々しいと分かっていながらおかわりをしてしまいました。

「君は素直な子なんだね」
「どうして?」
「このカエルは、心の綺麗な人の前にしか姿を現さないから」
「そうなの?」

相変わらずぐりぐりの両の目はなにも言いません。

「人間のお友達を連れてきたのは君が初めてさ」
「ねぇ、外は真っ暗だけれど、僕は家に帰れるの?」
「夜の間は出歩かないほうがいい。悪戯コウモリに悪さをされるからね、今日はここへお泊まり」


優しく頭を撫でて、青年は彼の左目にキスを落としました。
おじいさんとは少し違う、胸がトクトクと高鳴るようなキスでした。

夜が明けると、森の出口までカエルが案内してくれます。
お兄さんからは、不思議な種を貰いました。コインのように平たく丸い種です。


「花が咲く頃にまたおいで」


本当はお兄さんともっと一緒にいたかったけれど、寂しい気持ちを堪えて家に帰ります。
家に帰ると、早速おじいさんのお墓の側に種を植えました。どんな花が咲くのか楽しみです。

花はすくすくと育ち、今では少年の背丈も遥かに超えています。
ちらほらと蕾らしき物もついていました。


「早くキレイな花を咲かすんだよ!」


翌日目を覚ますと、少年は大層驚きました。
鬱蒼と生い茂る葉には、まさしくコインが実をつけていたからです。青年に貰った種は、金のなる木の種でした。
少年はコインを1枚1枚丁寧に採っては袋に詰め、森へと走って行きます。花が咲く頃に会いに行くと、青年と交わした約束をちゃんと覚えていました。

森の入り口にはやっぱり2本足のカエルがチョコチョコと歩き回っています。
少年を見ると、僅かに瞳を煌めかせて家まで案内してくれました。



「お兄さん!」
「やぁ、君か。立派な花は咲いたかい?」

青年は前と少しも変わらない笑顔で迎えてくれました。ドキドキと弾む、こんな感情は初めてです。

「こんなに咲いたよ!」
「そう、君は幸せを掴み始めているんだね」
「僕、お兄さんともっと一緒にいたい。ここで暮らしたいよ」

青年は少し考えて、それからこう続けました。


「君の幸せは君が決めることだよ。ここにいたいなら、好きにするといい」



ニッコリと返してくれた青年に、少年は今度こそ幸せを掴んだ気がしました。










そうして少年の忌々しい左目は、いつしか真っ赤に煌めくルビーになったのです。





(それは誰にも内緒のお話)
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絵本のようなお話が書きたくて見事に玉砕。

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あきゅろす。
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