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男前にも程がある

「なんか、変な音がする」


テレビを見ながらソファーに深く座り込んでいる私の膝で、まるでどっかの犬みたいに上半身預けてウトウトしていた仁王は、私の言葉でムクリと起き上がった。


「音?」


部屋の窓を開けると、見慣れた和風庭園が広がっている。仁王の容貌からは微塵たりとも想像がつかない綺麗な枯山水。足元がフローリングっていう何とも矛盾した世界の中で、彼は銀色の猫っ毛をフワフワと揺らしながらあたりを見回す。


「誰もおらん」

「いや、なんていうか、トテトテと足音が…」

「外か?」

「でも部屋の中でなんだよね。聞こえない?」


色の白い手で、真っ黒なリモコンをすくい上げると、消音ボタンを押す。
静まり返った部屋の中は、当たり前のように何一つ音がしない。まるで世界中に私と仁王しかいないみたいな感覚に陥るけど、今はそんなことじゃなくて。


「なーんも聞こえん」

「おっかしいな…」

「…気色悪いこというなって。」

「でもー…」


思えば、彼とは恋人同士っていう関係になる前から、世に言う幼馴染という位置づけにあった。
だから付き合っている期間は一か月と少ない二人ですが、それ以前に10年来の腐れ縁っていうか、色々擽ったい期間があったわけです(誰に説明してんだ、私)
そんなわけで、色んな仁王を知ってるけど、彼はとてつもなく怖がりだ。
1999年なんかノストラダムスに怯えて、年超えた瞬間に青ざめてたし、「宇宙人発見」とかいう嘘くさい番組を見てゴクリと喉を鳴らしていたし、夏になると心霊特集とかそういう番組がある時はカレンダーに○をつけてチャンネルまで書いてた。(誤ってつけてしまわないように)
学校じゃノストラダムスの化身みたいな幸村に冗談かましたり、宇宙人までもふっ飛ばすような裏拳の持ち主である真田をからかったりしてるのに。(私からすれば幽霊とか宇宙人とかよりよっぽど怖い)


「信じられん。」

「何が」

「お前までそーいうこといいだすか」

「いや、だから本当だって。私が今まで仁王君をからかったことありますか」

「あります、ありますとも」

「あります…けども」


そういや、夏の合宿でブン太と一緒に仁王にドッキリしかけたことあったな。でも、別にあれ仁王ならすぐに気付くと思ったんだよ。眠ってる仁王の部屋の窓ガラス、バンバン叩いてみただけじゃん(本気でブン太は拳骨されてたけど)。


「どっから音してたんだろーな」

「何しとるんじゃ」

「クローゼット開けてみようかなと」

「やめろ!ホントにそこに呪怨のちっさいガキみたいなのおったろどーするんじゃ!」

「怖がりのくせに、呪怨なんて見たことあるんだ」

「開ーけーるーな!」

「いないのに音がする方が恐くない?いたらさ、まだあ、コイツか、みたいな納得が生まれるような気がする」

「生まれるか!!俺もお前も死ぬんじゃ!」

「死ぬわけないでしょ。あーもー、開けるよ?」


なんてギャーギャー騒いでクローゼットを開ける。
勿論そこに幽霊もお化けもいない。
立海の制服やら、この間会った時に仁王が着てたカーディガンやらがふわふわ揺れているだけで。


「ほら、いないでしょ」


恨めしそうな仁王の視線をよそに、私は音の根源を探す。必至にそれを食い止めようとする仁王の目が、なんとなーく潤んでいて、ちょっと可愛い。(でもやめてやんない。気になるもん)


「・・・わかった、座敷わらしじゃ」

「じゃぁ夜中とかに仁王の枕もとに立つかもね」

「・・・猫」

「飼ってないじゃん」

「犬!」

「だから、飼ってないでしょ」

「・・・幸村」

「ありえそうだけど・・・言わない方がいいよ。笑顔でシャイニング・ヴィザートかけられるかも」

「皆目見当がつかん!」

「どっかに袋かなんか落ちて…あ、ほら」


やっぱり、トテトテと音がする。
今回は仁王にも聞こえたらしく、すぐさまソファーの裏にでかい身を丸めたけど、「そこから音がするのかも」とか言うとパッと離れた。面白い。


「ん?」

「な、なんかおったか?」

「これ、ヤモリじゃん」


そう言って、カーテンの裏側にいたソイツを持ち上げると、「ヒッ!!」と背中から声が聞こえた。


「・・・何、その目」

「なんでそんなもん手で掴むんじゃ!早く捨てろ!」

「もー、ヤモリも怖いのー?」

「お前、蛇は怖いって言っとったくせに」

「蛇とヤモリは違うじゃん。仁王だってリビングの水槽でウーパールーパー飼ってるくせに」

「ウパとヤモリは違うじゃろ!」


「すーてーろー!」とうるさい仁王に溜息をついて、窓を開ける。
すると再び背後から「ヒッ!」と息をのむ声がした。
あんたはどこぞのさんまですか。


「もー何!」

「そこはうちの庭!」

「外って言った」

「外っつったら俺の家の外じゃ!」

「は〜?もう、面倒臭いな。大体さ、なんであたしがこんなことやってんの。」

「そうじゃな。普通の女子はヤモリを手で掴むなんてことはせん。」

「あたしがシャイニング・ウィザートかますよ?」


仕方がない。
仁王の部屋を出て、玄関に向かいサンダルを履く。
その辺に逃がそうかなーと思えば、後ろからそろそろと仁王がついてくる。なんだ、コイツ。
「もっと遠くじゃ」とか、「そこはいかん!」とかいちいちうるさい。


「この辺ならいい?」

「おう、その川の中に放り投げてやれ」

「どんだけ酷いことするの。」


隣の隣の家の裏側まで行って、湿ったような土の上に離すと、ヤモリはトテトテと歩く。


「ヤモリは家守って書くんだよ。家を守るんだよ」

「だからなんじゃ」

「つまり、いい動物ってこと」

「あんなん動物じゃなか。」

「もー。」

「本当、強い女が彼女で良かった。ゴキブリ出た時もよろしくお願いします」

「ゴキブリもダメなの!?」

「部室の天井から降ってきた。腹グネグネしとった。無理。カブトムシも無理」

「ゴキブリなんてしょせん虫でしょ。新聞紙丸めて叩いて、液体洗剤かけときゃいいの」

「・・・なんちゅー女じゃ」

「って言うか、もしかして虫全般ダメなの?」

「・・・プリッ」


ダメなんだ。
立海じゃ「きゃー」とか「ニオーくーん」とか、すっごい黄色い声浴びてるくせに。普段クールなふるまい見せてるくせに。
先刻のヤモリのようにトテトテと歩く仁王を見上げながら、「詐欺師のくせに」と呟くと、「関係なか」と唇を尖らせた。


「あ」

「何?」

「いっこだけ、大丈夫な虫がおる」

「は?」


ふと、目の前に影が落ちたかと思えば、チュ、というリップ音に包まれた。
こいつ!往来で何かましてるんだ!
でも、もう白血球やら赤血球やら、体中の全部が唇に集まったおかげで文句が言えない。


「お前につく悪い虫なら、新聞紙で叩いて液体洗剤かける」








「むしろ、その上から熱湯かけて、踏みにじる」

「うん…そこまでしなくても、大丈夫だから」

「踏みにじる」

「…よろしくお願いします」


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