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医呪師の娘
4

 男の足は市街を通り、路地を抜け、町外れの教会へと向かう。

やがて見えてきたのは、薄紫の闇の中で、ぼんやりと浮かび上がる、ある種の厳格さを抱いた煉瓦の壁。

鱗状の屋根に、急勾配な尖塔、錆び付いた青銅の鐘。そして、中央に戴かれた黒の十字架。夕闇の香に扉を閉ざした教会が、悲しみの中に静かに佇んでいた。

木柵が巡らされた小さな庭には、繋ぎに帽子、スコップを携え、土を堀り返す男達の姿。

脇には三十を優に超えるであろう木の棺。単調で暗調な作業。サクッ、サクッと音を立て、一つ、また一つと土の中へと埋められていく。

木の上には不吉な黒い影。カラス達が黒い翼をはためかせ、ざわざわと騒いでいる。

隙あらば、その美味なる赤き血を啜り、腐肉を喰らい、骨の髄までねぶり尽くしてやろう。無邪気なまでの小さな眼差しは暗闇にきらりと光り、じっと、その好機を窺っている。

ギシギシと、軋んだ音を立てながら、年老いた驢馬が、これまた年老いた男に鞭打たれながら、ゆっくりと引いているのは粗末な荷車。

載せているのは、病に倒れた山積みの死体。街の始終から回収された遺体は、此処へと運ばれてくる。

最早葬るべき場所がなかった。あるいは、弔うものさえ、もういないのかもしれない。

「旅の方ですかな?」

後ろからの声に気付き、ガイアーが振り返ると、一見して上等と解る服を着た、初老の男が立っていた。おそらく彼がこの教会の司祭なのだろう。

「いやはや、失礼。あまりお見かけしない方だなと思いまして。」

刺繍の施された黒の長衣。白い眉尻は穏やかに下がり、物腰柔らかな様子で、司祭は声を掛けたが、その表情は直ぐに悲哀に曇る。

「既にお気付きだとは思いますが、この街は今死の病に冒され、得も言われぬ状況にあります。」

大地を埋め尽くす見渡す限りの棺桶。無理もない。

「教会にも日々、救いを求めて、大勢の人が訪れますが、生憎有効な治療法は見つかっておらず、皆途方に暮れている状況です。」

ガイアーと司祭が話をしていると、いつの間にか、驢馬を引いた男が死の影のようにひっそりと、司祭の後ろに立っていた。

「ああはい、お疲れでした。こちらはほんの少しばかりですが、本日の謝礼です。ああ、貴方達も上がっていいですよ。お疲れ様でした。それではまた明日。」

一枚の銀貨を握り締め、年老いた男は驢馬を引き、ゆっくりと帰ってゆく。

神父の声に、棺を埋めていた男達も泥を拭い、背を伸ばし腰を叩いている。どうやら仕事上がりの様だ。

「悪い事は言いません。出来るだけ早くこの街を離れられた方が宜しいかと」



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あきゅろす。
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