医呪師の娘
3
「どうするの、ガイアー。まずは宿をとる?」
エントラインはローブに付いたフードを深く被ったまま、脇に立つ男に訪ねた。
エントラインとの付き合いはそれなりに長いので、ガイアーには彼女の様子が、顔を見ずとも、それなりに分かる。
いつも能面のように無表情な彼女だが、今日は声色に疲れが滲み出ている。さすがの彼女も、旅の疲れと腐臭に耐えかねているらしい。
「いや、先に街の様子を見てからにしよう」
街への到着はほぼ予定通り。急ぎの旅ではない。
日もだんだんと、西の空に暮れ始めてきている。
今日は速やかに宿をとり、行動するのは明日からでも何ら支障はなかったが、エントラインが更に不機嫌になるのを承知でガイアーは言った。
ガイアーは、彼女が普段あまり他人に見せない感情を視るのが好きだった。
エントラインは極めて美しい少女であったが、めったに笑わないし怒らない。哀しまないし、泣かなかった。
いつも全身を茶色のローブで覆い、深めに被った頭のフードでその顔を隠していた。唯冷めた目で、この世界を傍観しているようであった。
正に能面、人形のように美しい彼女も嫌いではないが、たまにはこういう風に、意地悪をし、からかってやりたくなる。
「私は歩きすぎて疲れたのだけれど」
わざとらしいくため息をつき、エントラインは眼だけを動かしガイアーを睨みつけた。
彼女も同じく、ガイアーとの付き合いが長いので、彼が時に、彼自身の快楽の為にこちらを挑発してくる事を知っていた。
そんな茶番につきあう気はない、と彼女は一瞥する。
「困ったお姫様だ。なら、好きにするといい。」
大げさに肩を竦め、ガイアーはクスリと笑った。彼は懐から小銭入れを取り出すと、それをエントラインに向かって放り投げた。
金貨の詰まった麻袋は華麗に空を切り、ジャラリと音を立てて、エントラインの足元に落ちる。
「この先の宿で待ってるわ」
エントラインは袋を拾い上げ、にこりともせずその場を立ち去った。
「全く、うちのお姫様は――。」
エントラインの後姿が、小さくなりやがては街の方へと消えていく。
食えないやつだと思いながらも、そんなエントラインが嫌いではない自分が、ガイアーには無性に可笑しく思えた。
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