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医呪師の娘
2

 街に敷かれた赤褐色の石畳へと至る2つの足音。

忌々しい程に眩しい夕日を背に受け、闇に溶け込む2つの影は、旅慣れた行商人、或いは旅行客、というには一見奇妙な壮年の男と若い娘の2人連れ。

「これは酷いな…」

灰を帯びた緑色の瞳は細められ、辺りをゆっくりと見回した。

訪れた街の有り様に、ガイアー・フリートホーフは、蓄えられた顎鬚を扱きながら、その唇を開いた。

但し言葉の孕む意味とは裏腹に、特に感慨深い様子もなく、与えられた台詞を読み流すような淡々とした口調ではあったが。

連れの若い娘、エントラインも、フードの下に隠したその瞳で街の様子を見つめていた。

南から街を吹き抜ける風は、どこか湿り気を帯びて生温い。そして独特の臭気を放つ。

風に乗って、病原菌は緩やかに他の地へとその勢力を伸ばし、やがて更なる感染を広げ、絶望の淵に立つ人々を地獄へと叩き落とすのだろう。

最早人々は気付くまい。この街の状況がどれだけ悲惨であるか。また、この街の臭気がどれほどまでに酷いものか。

鼻の慣れていない、余所者だからこそわかる、鼻の奥を容赦なく押し通られる感覚。非常に形容し難いが、言葉にするならば、唯一言、正に不快の二文字。

排泄、腐敗――、有る意味では生命の負の原点とも言えようが、死に纏わりつく独特の香は、恐怖というよりは寧ろ、嫌悪の象徴でしかない。

――相変わらず嫌な臭い。エントラインがぼそりと呟いたのをガイアーは聞き逃さなかった。

幾度目かの旅路。残酷な国を歩み、旅をし続ける渡り鳥。

このような状況に慣れた彼らでさえ、そう感じるのだ。貴族が金にものを言わせ道楽で齧った医学などでは、到底太刀打ち出来まい。




黄昏に染まる街。骸の山を平らげる、彼らの生業は、世に言われる所の"医呪師"――。







『医呪師の娘』
Die Tochter des Arztes









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