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痛みと嘆きの塔
9

 途切れた階段、塔の最上階、最奥の部屋。目の前には、立ちはだかる扉が一つ。震える手でしっかりとノブを掴み、青年はドアを押し開ける。

 部屋の中には、天井まで堆く積み上げられた、恐ろしい量の書物。床には、折り重なるようにして佇む多くの白骨化した死体。そして部屋の中央には書物を手に、椅子に腰掛ける者の姿。


――青年は目を見張った


 同時に、窓からは音も無く風が流れ込み、静かに蝋燭の火を消し去っていった。

ここが最上階である所為か火が消えても月明かりが多分に入り込み、視界を得るには十分だった。

 仄かな月明かりは、夜風に黒く豊かな髪を靡かせ、長い脚を組み、静かに読書に耽る横顔を青年に見せた。

背は高く、鼻筋は通り、それは喩えるならば神の愛した彫像の様な造形。

優雅な所作、佇むその姿は人間の男によく似ていたが、明らかに人間とは異なっていた。


――何故なら、その背には、蝙蝠が如き六枚の漆黒の翼、そして頭部には立派な角を蓄えていたのだから。


 突然の来訪者の存在を意に介する様子も無く、長い睫毛に縁取られた瞳は、闇夜の中でも宝石のように赤く輝き、手元の文字の羅列を追っているようであった。

 目の前の存在が放つ気配に、体が震えた。それは恐怖であり畏怖。本能で分かる。それはあまりに美しく、無慈悲で残酷な生物。


――これが人智を超えた悪魔という存在。


「お前が、塔の悪魔……?」

 それは、質問と言う名の確認。溜息の様に零れたそれは語尾が震え酷く掠れたものだった。

言葉を1つ放ってしまえば、後は堰を切って溢れだすばかり。

「お願いだ、弟を、弟を助けてくれ…ッ」



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あきゅろす。
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