痛みと嘆きの塔
8
彼の痛みを
彼の嘆きを
一体誰が愚かだと
笑えただろう?
『Who is the fool?』
重厚な金属の扉が、埃を巻き上げ、大層な音を立てて開く。塔の中の籠っていた空気が鼻を突いた。酷く黴臭い。
そっと足を踏み入れれば中は暗く、明かりも無い為よく見えない。暗闇の中で青年はしきりに目を凝らす。
しばらく手探りの状態で進んでいたが、嵌め殺しの窓から漏れる優しい月明かりにだんだんと目が慣れ、ぼんやりとだが周囲の様子が分かる。
青年は前方の小さな机の上に、燭台とマッチがあるのに気付き、マッチの箱を開ける。
大分湿気っているのかマッチにはなかなか火が点かず、何本かマッチのカスが床に散らばった後、やっと燭台には僅かな明かりが灯った。
燭台を頼りに辺りを見回す。どうやら塔の中は思いのほか広いらしい。靴が石の床を叩く音が大きく反響している。
所々割れたガラスが辺りに散らばっていたり、クモの巣が張り巡らされていたり、かなり荒んでいる様子ではあるが、壁に飾られた時計や肖像画、佇むように配置された家財道具は、このような状況でありながらも、その真価を損なう事の無い、立派なものだった。
しばらくの散策の後、見つけたのは、塔の中央部に位置するであろう階段。顔を上げて見れば、螺旋を描きながら上へと伸びている。どうやら最上部へと繋がっているようだ。
――悪魔は、この先にいるのだろうか。
青年は迷う事無く、1段また1段と軽快に階段を駆け上がる。切らす息の音と自分の心音がやけに近くで聞こえる。胸元ではネックレスが踊るように揺れた。
窓から漏れる月明かり。今宵の月は高い、そんな気がした。
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