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痛みと嘆きの塔
6

「に、い……ちゃん」

 床に伏せた弟が、兄を呼ぶ。それは隙間風の様な酷く掠れた声。ここ数日で弟は目も当てられない程変わってしまった。

憔悴しきった体、痩せた手足、青白い頬。元々、弟の体は標準よりも小さくお世辞にも立派とは言えないような体つきだったが、今は本当に骨と皮だけの姿となってしまっている。

 胸を襲う激しい痛み。食事も、殆ど喉を通らずせめて薬だけはと思い、乏しい知識を総動員して薬草を集め、鍋で柔らかく煮込み、煎じて飲ませて見たものの、全く効果はない。

また突如咳き込み出し、苦しそうに口元を押さえる。その手には鮮血が混じる。こうなるとしばらくの間は止まらない。

気休め程度にしかならないだろうが、背中をゆっくりと擦る。触れる虚ろな体があまりに不憫でしょうがない。

弟の病状は悪化の一途を辿るばかり。苦しむ弟を救う手立てが今の兄には無い。

ここを離れ、人里に下るだけの体力も、弟には最早や残ってはいない。ましてやこちらに医者を呼ぶだけの金もなければ時間もない。

どうする事も出来ない。このままでは……、青白い戦慄が、兄の体を身を引き裂く。

「ごめ、な……さ、…」

死を待つだけの体をベッドで抱き締め、優しい弟は言った。

兄は柔らかな笑みを浮かべ心配するな、と言葉を掛けたが、弟が寝静まった影で、何もしてやれない自分の無力に苛立ち、嘆き、泣いた。

泣いても、何も変わらない。それでも、泣く事しか出来なかった。



 滂沱の涙をその瞳から溢れさせ、いくらか時間が経ち、兄はふと思い出す。いつの日か、この地を訪れた旅人から聞いた昔話を。




 それは、古の伝説。この地には悪魔と呼ばれる存在が封印された塔があり、その悪魔は犠牲さえ払えばどんな願いも叶えてくれるのだという。

伝説である以上、本当にそんなものが存在するかどうかはわからない。けれど、このまま何もしなければ弟は本当に死んでしまう。

弟はもって数日、早く決断しなければ……。

悪魔でも何でも構わなかった。唯、幼い弟を救ってくれるのならば。兄の決断は早かった。




神に祈る事を止めた夜、兄は弟を思う一身で塔の悪魔を探す決意をした。



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