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痛みと嘆きの塔
15

 自分の服を纏った人間が目の前で倒れ、ぴくりとも動かなくなる。人1人殺したというのに、何の感慨もなく。

唯そこにある事実は、他人の血に塗れた手と、旅人が最後に残していった醜い傷痕。

返り血で赤く染まるローブ。目の前の温度を失い行く体。彼を待つ人々の声は、永遠に彼には届かない。

 眼から溢れた純粋で無垢、それでいて酷く熱を持った液体が頬を伝い、その傷跡を焦がす。

酸に焼かれるような痛み。そして静かに血と混ざり合いながら、大地にぼたりと堕ちる。

例え悪魔との契約が無くとも……。

こんな体で……、お前に会えるはずがない。



青年は旅人の体を仰向けにし、近くに転がっていた手頃な大きさの岩で、既に息絶えた男の顔を何度も何度も叩きつけた。

何度も、何度も、何度も、何度も。頭上に振り上げては下ろし、それはまるで機械の様に、同一の動作を繰り返す。

肉片が飛び、見開かれた目玉はぐしゃと音を立てて潰れた。得体の知れない液体が顔に掛かろうとも、握りしめた岩が死体の顔を完全に潰すまで止めなかった。

 やがて出来上がる、青年の服を着た、顔のない死体。それは突如いなくなった兄を不審に思い、弟が探す事のないようにと、青年が考え出した苦肉の策。

兄は胸元のペンダントを握りしめた。これを死体の首に掛けた方が、確かに兄の死体としての信憑性は上がる。それでもこれだけは、どうしても手放せなかった。

これだけの罪を犯しながらも、自分の、嘗ては人であったであろう心が、最後の絆だけは失いたくないと叫んだ。

赤い月がこちらをみて嗤っている。それはまるで、人間の愚かさを笑ったあの悪魔のように。




――青年は気付かなかった。森の木々に潜む物陰から、小さな青い瞳がじっと、こちらを見つめていた事に。



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あきゅろす。
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