痛みと嘆きの塔 13 寝室から出た兄は、旅の疲れを癒す為にと、旅人に風呂を進めた。そして、汚れた服の代わりに兄は、自分の服を旅人に貸した。 青年の服を纏う旅人。その姿は、青年と見紛う程によく似ていた。暗闇ならば尚更、見分けが付かない。 自然の多い山の奥。今日のように天気の良い日は、この先にある小さな高台から森の全域が見渡せ、降り注ぐような満天の星空が見える。 青年が会話の中にそれとなく外出を誘うような要素を織り交ぜれば、案の定その高台へ向おう、と旅人は話に食いついた。 高台を目指し前を行く兄の服を着た旅人、それを後ろから、ゆっくりと追う兄。 目的地までは、家を出てまっすぐ一本道。兄弟2人によって踏み分けられた草木が、旅人を導く。 青年の手には、旅人が家を訪れる際に着ていたローブ。そして、獣を狩る際に用いていた愛用のナイフ。 その柄はしっかりとこの手に馴染む。 ――振り返ればきっと、そこには帰る場所があったはずなのに。 夜の森を行く、2つの影。青年はあまりの高さに、月が堕ちてくるのではないか、そんな錯覚に陥った。 月は、昔から魔力の象徴と言われ、その満ち欠けは、魔力を持つ者達に等しく影響を及ぼすらしい。今宵の月は、欠ける事を知らぬ真紅の満月。 ……即ち塔の悪魔の魔力が最も高まる日。 悪魔と契るには、丁度いい。弟をきっと助けてくれるだろう。この幸運を一体、誰に感謝すればいいのだろうか。 ……自分には最早祈るべき神など居ない。 高台から大地を臨む。眼下に広がるのは素晴らしき自然の姿。 感嘆の声を上げ、旅人が降り注ぐような星空を見上げている。嬉しそうにこちらに語りかける言葉など、青年の耳には入らない。 [*前へ][次へ#] [戻る] |