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◇長編SS◆
第一章 『平穏有期』

 小柄な女子高生が手にした本は、見るからに重そうな本だった。
 両手で抱きかかえなければ持てない大きさで、ページ数はおよそ四百以上はありそうだ。直接確認をしていないから正確な枚数はわからないが、それほどまでに分厚い本だった。

 青いカバーで覆われたそれを持って、彼女は覚束ない足取りでレジカウンターへと向かっていく。
 その姿を見て、よくあんな物を買うものだと心中で呟き、また、あんな物をこのお店では取り扱っているのかと、妙な関心を抱きながら、私は手首に巻かれた腕時計へと視線を移した。

『午後二時三十五分』

 約束していた時刻から、五分が過ぎたところだった。

 時間には厳しいところがある彼女が遅刻するとは、珍しい。
 電車が遅れているのか、それとも急な用事でも入ったのか。……変なことには巻き込まれていないよね?

 一抹の不安を感じながら、それを振り払う為にお店の出入り口を見つめる。
 そこには、眼鏡をかけた店員から青い手提げ袋を受け取っている女子高生の姿があった。店員のどこか引きつった表情が目に映る。店員の人も私と似たことを思ったのかもしれない。

 自動ドアの硝子の扉が、年老いた老人のように軋む音をたてて、ゆっくりと動き、開いていく。 外の冷たい風に身体を振るわせた彼女は、意気込むように外へ一歩踏み出した。
 その時、入れ替わるように一人の女性が入ってきた。モスグリーンのロングコートを身に纏い、黒い長ズボンを穿いた出で立ち。
 肩辺りに切り揃えられた金色の髪が、彼女の動きに従うように流れる。とても大切にしているのが、一目瞭然。

 少し乱れている呼吸で店内を見渡す。彼女の瞳は深い緑色をしていた。
 やがて、その瞳が私のところで止まる。
 次第に安堵したような、けれどどこか不安な気持ちを滲ませた表情を浮かべ、こちらにゆっくりと歩み寄る。
 それを見て、私は手にしていた本を閉じて、棚に戻す。そして、隣にやってきた彼女に向き合うと、わざと不機嫌な口調で言うのだ。


「アリサちゃん、五分遅刻」

「ん、……ごめんねすずか」



 私の演技に気づいた彼女ーーアリサ・バニングスは、私の前で小さく笑みを浮かべたのだった。




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