F l a v o r e d T e a キミオモウ、 「―――――」 「……………」 吐くことをやめ、吸うことをやめ、瞬きすら止めている。 電池を抜かれた人形みたいに誰一人として動かない中、熊倉先輩の視線だけが、何かに吸い寄せられるように、すっと動いた。 刹那――目が合った、気がした。 「…っ、」 頬が触れる程の距離にいる晴渡がピクリと震える。 ちらりと視線を送れば、少しだけ表情が強張っているように見えた。 うん? なにゆえ? 確かに感情をそぎ落としたような顔は綺麗を通り越していっそ怖いくらいだが、敵意や悪意を向けられたわけでもないのに、緊張する意味がわからない。 ここは「マボロシの先輩と目が合っちゃった!」って喜ぶとこじゃねぇの? さっきまで興奮してたくせに。俺の意思なんて関係なく引きずって来たくせに。 熊倉先輩の目がこっち見た瞬間、見たくないものを見ちゃったみたいな反応すんのって、失礼だと思うんだけど。 「あっ‥‥、」 どこかから思わず、というような声が漏れる。 視線を晴渡から前に戻すと、熊倉先輩の姿はもう廊下になかった。 保健室かどっかに入ったんだろう。 僅かにドアの閉まる音が聞こえた。 時間を止められていた集団は自由を取り戻し、バラバラに散って行く。 どういうファン心理なんだか知らねぇけど、すぐ近くまで行こうとする奴はやっぱり一人もいなかった。 「はぁーっ。熊倉先輩、噂に違わず超美形だったなー。ギリシャ彫刻かと思った」 「人間味がなかったな」 驚嘆のため息を吐いた松岡に頷く。 あの顔が笑ったり歪んだりすることなんてあるのか? 完成度が高過ぎて全然想像出来ない。 ペガサスとかユニコーンとかフェニックスって聞いた時には大袈裟だなと思ったけど、人間じゃないって意味ならピッタリの渾名だ。 「先輩たちは、定期考査の度に名前が載るだけで本人の姿は全然見ない…って言ってたから、俺たち超ラッキーだな」 「顔だけじゃなくて頭もいいのか」 定期考査終了後、それぞれの学年の階段前には成績優秀者の名前が張り出されるらしいが、それはたったの十名だったはずだ。 俺たちにとっては今回が初めての試験で、聞いたばかりだから間違いない。 「一年の時から同じクラスの部長曰く、運動神経はよくないみたいだけどな。顔も頭もスタイルもいいんだから、人生イージーで羨ましいわー」 「一年の時は来てたってことか?」 「そっ。一年の初めの一か月くらいは来てたんだって」 へえ。最初から不登校だったわけじゃないのか。 あんな美形が同じ教室にいたら息が詰まりそうだな。 ちやほやされる晴渡とは系統が違う。 「何で来なくなったのかは誰も知らないらしいけど……俺もそこまで興味ないし。もう部活行こーぜ、晴渡」 「―――…、え?」 「…晴渡、どうした?」 振り返った晴渡の顔が、心なしか蒼く見える。 熊倉先輩がいた方を見つめたまま黙ってるから変だなとは思ってたけど、寝不足で体調が悪くなったのか? 昨日の夜まで勉強勉強で、ぐっする眠るのは無理だっただろうし。 「喜葉っ、………、」 「晴渡‥?」 「っ…なんでも、ない」 「うん?」 一瞬、晴渡の顔が泣きそうに歪んだのは、気のせいだろうか。 「今日、帰ったら、紅茶淹れて。ミルクティー飲みたい」 「…わかった。用意しとく」 晴渡が何か言葉を飲み込んだのはわかった。でも。 「久しぶりの部活だからって、はしゃいで怪我すんじゃねぇぞ」 気付かなかったふりをした。 |