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硝子に罅が入る時刻。



「教科書の32ページを開いて下さい」

 案の定と言うか何と言うか。

 五限目が始まっても、教室に藤森の姿はない。

「……ぁ、‥、…」

 八城に直接確かめに行ったんだろうと思いながら、俺は本日何度目になるかわからない欠伸を中途半端に噛み殺した。





神様は悪戯に果実を見せ 03





 ああやばい。眠い。ほんとに眠い。本気で眠い。

 本気と書いてマジと読む、そんな感じ。いやどんな感じ。超絶眠い。

 思考働かない頭使いたくないー……と、思ってはいたものの。

 六限目は教師の都合で急遽課題無しの自習になったから、ラッキーっちゃあラッキーなんだけど。

 俺は生まれてこの方、教室の机で寝るなんて芸当をしたことがなければ、今後するつもりもない。

 てか他人だらけの場所で無防備に寝られるはずがない。

 だから無理矢理身体を動かしてノートをとる必要がないこの状況は、逆に生き地獄…なのかもしれない。

 まあそれは流石にちょっと大袈裟な気もするが。

 携帯から流れる音楽で気分はそれほど悪くないけど、真っ白な頭で文字を書いていた方が睡魔は幾分減少するんじゃなかろうか。

( せめて体育がなかったらなあ…… )

 午前中にあった体育を思い出し、机に突っ伏したまま溜め息を吐き出す。

 俺は昔っから身体を動かすのが好きで、風邪気味の時も寝不足の時も、体育の時間だけは伸太たちと馬鹿みたいに騒いで走り回っていた。

 その時だけは寝不足からくる倦怠感や頭痛を忘れることが出来た。

 だけど、ここは駄目だ。

 体育が体育にならないし、気を許せる人もいないから。

 そんな状態で参加すれば、睡魔が増すどころか余計に体調が悪くなるのは至極当然のこと。

 おかげで今日は朝食に引き続き昼食も抜きだ。

 とてもじゃないが、食べる気になれなかった。

( 八城の話で風紀委員のこともわかったし…今日は早く寝よ )

 ていうか、夕食の前に一眠りする。

 一時間でもいいから布団の中で睡眠をとらないと、機嫌を損ねている胃袋君が拒否を続行する気がしてならないので。

 流石に何も食べずに次の日を迎えることは遠慮したい。

 夕食は高杉と一緒だから余計な心配なんてかけたくないし、何で調子が悪いのかって訊かれても困るし。

 ……伸太たちは今頃何の授業をしているんだろうか。

 クラス替えで誰が何組になったとか担任は誰だとか、そういうことは聞いたけど、授業編成までは知らない。

 毎日メールのやり取りをしていても、やっぱり全然違う場所で過ごしていたら大まかなことしか伝わらないから。

 いや、俺が「いいよ」と言えば、あいつらは毎日毎時間「今数学〜。ちょーめんどいんだけど」とか「日本人に英語は必要ないと思います」とか、時間もパケットも使うのが勿体無いような情報――と言う名の愚痴だが――を送ってくるんだけど。

 新学期早々「月夜がひとりで寂しぃて泣いてしまわんように、俺らの状況をリアルタイムで届けたるわv」とかいうふざけた文面を届けて下さりやがったので、「授業中くらい真面目に勉強しろ!」と優等生の返事をしておきました。

( ――もう、あいつらの勉強を見ることもないんだよな )

 数学の公式が覚えられないとか英語の文法がわからないとか古文が意味不明だとか。

 赤点と補習は嫌だと泣き言を並べるあいつらと試験前には必ず勉強会(半分遊び)をしていたけど、気軽に会える距離でも環境でもなくなった今ではそんなこと出来るわけもないし。

 普通に授業を受けてるだけじゃ、伸太は絶対英語で赤点取るよなあ……。

 自分のいない場所で二年生をスタートさせた伸太たちのことを考えていると、ブレザーのポケットで携帯が震えた。

 この学園で唯一、同室の高杉にはアドレスも番号も教えてあるけれど、基本的にお互い携帯で連絡を取り合うことはない。

 サブディスプレイを見ると、表示されていた文字は予想通りの相手だった。

 正確には『個人(相手)』ではなく『カテゴリー(友達)』なんだが。

( あと十五分くらいで六限終わるんだから、それから送ればいいのに )

 授業中はメールするなって言ったじゃん、と思いつつも。

 送らずにはいられない何かがあったのか?、という期待を抱きながら携帯を開いた俺は、けれどメールの中身を確認することが出来なかった。

 何故か? ボタンを押そうとした瞬間に電話がかかってきたからだ。

 しかも、メールの送り主と同じクラスにいる友人から。

「………」

 なんだお前ら、時間差攻撃か。

 一年の頃によくやったワン切り合戦の進化バージョンか。二年にもなって文明の利器をくだらない悪戯に使うのか。

 なんて過去を思い出して呆れてみるが、どうやら着信はワン切りではないらしい。 

「……」

 シャーペンの音が響いたり楽しそうな笑い声が上がったりする教室内に数秒目をやった俺は、半分程開けていた窓からそのまま静かにベランダに出た。

 こういう時、窓際の一番後ろの席は都合がいい。

 数人は気付いただろうけど、目立つこともないし。

「も――」

『月夜ッ!? 月夜ッ!?』

「…………」

 出た瞬間、相手は定番の挨拶「もしもし」を素敵なぐらいスッパリと遮って下さいました。

 公衆電話での出来事が思い出されるのは仕方のないことですよね? ね? 伸太くん?

『ちょ、月夜!? 月夜聞いてンの!? てか聞こえてる!?』

「お前の所為で聞こえなくなりそうだっつの。お前の頭はアレか? 既に衰退し始めてんのか? それとも俺の耳がジジイになってるとでも思ってんのか?」

 思わず「あ゛?」と低い声が出る。

 寝不足の頭に大声ってさ、二日酔いの時に耳元で叫ばれるのと同じくらい辛いと思うのよ。

 脳内をジェット機が轟音響かせながら通過してくのよ。

 二日酔いの経験なんてないから知らないけども。

『つ、月夜さん、殺気が…っ、じゃなくて! メール!!』

「メール?」

『メール!! ナリ!! 今の!! さっき!!』

 いや、単語だけ叫ばれても意味不明ですから。

 主語とか動詞以前の問題で全く文章になってないですから。

 流れからしてなんとなくわかったけど、違う場面でやられたらワケワカメだよ。

「何だよ、今さっき届いた喜成からのメールがどうかしたのか?」

『そう!! それ!! ナリの野郎が送ったメール!!』

「だからそれが何だっつーの」

『削除して下さい!! もうほンとソッコーで!! 綺麗サッパリ消し去って!! 宇宙の果てまで!! お願いします!!』



※プロットを作ったのが随分前なので、作中に出てくる「携帯」はスマホではなくガラケーです。今後スマホを出す場合は「スマホ」か「スマートフォン」と書きます。


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