襲われかけた女王様を一人で残しておくのは気が進まないが、もうじき宝来さんが来るだろうし――というか、来い――三人は完全にオチてるからちょっとやそっとじゃ目を覚まさないはずだ。 つまり、女王様は安全。放置オッケー、ノープロブレム。 だから俺はくるりと背を向けて出て行こうとした。 ……のに。 「レイ? いるのか?」 神様は悪戯に夜を照らし 14 …どうしてこのタイミングで来るかな。しかも歩いて。 せめて鼻息荒く走って来いよ。 気が散ってたから気配にも足音にも全然気付かなかったじゃないか。 出て行くタイミングを逃したじゃないか! 確かに「来い」とは念じたけども、今すぐ来いとは言ってない。 「…、‥? お前、」 「祥吾ッ!! 何やってたんだよお前!?」 「あ? 煩ぇな、来てやっただけ有難いと思え、この馬鹿。少しは考えて行動、」 「誰が馬鹿だ!! 雑魚なんかに足留め喰らいやがって来るのが遅いんだよ! 愚図!! お前のその無駄に整った筋肉は何の為にあるんだ!? 頭の中まで筋肉か!? 書類整理も事務仕事も碌にやらねえんだからたまには働いてみせろ! 役立たず!!」 入口のすぐ左側に立っていた俺に気付いた宝来さんは訝し気に口を開くが、大変ご立腹な女王様はマシンガン並みの威力で宝来さんの言葉を遮り、全力で罵る。 代わりの護衛役を用意していたにも関わらず、強姦されそうになったんだから当然だ。 シャツも駄目にされたわけだし。 怒髪冠を衝く、という慣用句が頭に浮かぶ。 惜しげもなく歪められた顔にショックの色が少しもないのは、襲われることに慣れているからなのか――と思い至って、ちょっと、いやかなり複雑な心境になったけれども。 体は小さいのに凄まじいパワーだなと感心してしまう。 綾部といい女王様といい…小柄な美少年はなかなかに強烈でいらっしゃる。 でもまあ、そのお蔭で宝来さんの意識が俺から女王様に移ったわけでして。 チャーンス!! 「あっ、おい!」 注意を逸らしてくれた女王様に心の中で感謝しつつ、俺は陸上部員も真っ青のフォームで猛ダッシュした。 この際、上履きが汚れないように石畳の上を…なんて悠長なことは言っていられない。 むしろ等間隔に置いてあって障害物になるだけだから、進んで茶色い地面の上を走り抜ける。 土汚れがなんぼのもんじゃい! 濡れ雑巾で拭けばすぐに落ちるさ! 雑巾がどこにあるのかなんて――掃除の時間がないこの学園の昇降口に掃除用具入れがあっただろうか?――知らないけど。 何とかなるだろ。玄関マットもあるし。後で考えます! 「待てよ!!」 目よりよっぽど性能のいい耳が宝来さんの声を拾ったが、スピードを緩めるつもりは微塵もなかった。 俺の脳味噌は既に一つの結論を弾き出しているからだ。 ――王族。 女王様の態度や男たちの発言を振り返れば、女王様に何か特別な権利が与えられているということは容易に想像出来る。 そしてそれは単純に家柄から生まれたものではなく、彼自身がこの学園内で勝ち取ったものだ。 普通の生徒であれば持ち得ない特権を手にしているのなら、王族と見てまず間違いない。 助けに来た宝来さんも同様に。 ……何で遭っちゃうかなあ…(“会”っちゃうじゃない)。 王族の可能性があるとわかっていながら乱入したのは俺の意志だけど、自然と親衛隊が出来るような方々と必要最低限以上の関わりを持つ気は一切ないんですのよ? それなのに何故かしら? どんな引力?? 綾部たちとの接触は俺に関係することだから仕方ないとしても…生徒会役員とか…ないわー。 一番面倒くさそうじゃん。一番関わったら危ない王族じゃん。 冊子で氏名の確認なんてしてないから定かじゃないけど、昨日の一件で評議委員は三人とも名前がわかったし、恐らく風紀委員の一人は事態を収拾し船渡川さんに電話をかけてきたセーヤという人で、残りの二席は筋肉馬鹿と言われていた戸隠と戌井で埋まる。 小柄で華奢な女王様の苗字がそのどちらかである可能性は限りなくゼロに近いというか、可能性すらないだろう。 よって、女王様と宝来さんは生徒会役員で決まりです。大正解、ぱちぱちー。 いや、全然ぱちぱちじゃないけど。消去法でわかってもちっとも嬉しくないけど。 生徒会役員か‥‥。 全部で五人のはずだからあと三人…、じゃないな。 会話に氏名だけ出てきた海音寺さんも生徒会役員のはずだから、あと二人。 ――いや、違う。厳密に言えばあと一人だ。 鳳翔家のお坊ったまが生徒会長様であらせられることをすっかり忘れてたわー、いやだわー……。 好き好んで関わりたくはないし正直知りたくもないが、偶発的な接触を避ける為には王族に関する情報収集が必要なのかもしれない。 外見とか、よくいる場所とか。 「チッ、逃げ足速ぇな…スプリンターかよ。レイ、アイツの名前わかるか?」 「訊いても答えなかった。この俺を無視するなんていい度胸だよ、あの一年坊主‥‥」 「一年? 二年だろ? 藤黄の上履きだったじゃねーか」 「…ここからじゃ色なんてよくわからなかったんだよ。本当に二年なのか? あんな奴見たことないぞ」 「普段は髪下ろしてんだろ。俺だってカチューシャで髪上げてる奴なんかアヤ以外に見たことねーよ」 「………」 でもまあ、暇じゃないんだからあの二人も明日になればお節介野郎のことなんてすっかり忘れてるだろう。 逃げながらもどこか楽観視していた俺は、女王様と宝来さんがそんな言葉を交わしていたなんて、勿論知らない。 NEXT * CHAP |