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硝子に罅が入る時刻。




 伸太の言う通り、日曜日まで俺たちは普通に遊んでいた。

 日曜日までは、火曜日からまた同じ学校の同じクラスで生活するものだと思っていた。

 何の疑いもなく。心配もせずに。

 けれど伸太と遊びに出かけたその日の夜、俺は親父から今回の話しを聞かされて、そのままここへやって来た。

 別れの挨拶なんて学校にすら出来ていない。

( 嫌な過去の繰り返し )


 あの日以来、どこか諦め癖がついたとは言っても、心残りが何もないと言えば嘘になる。





神様は悪戯に夜を照らし 10





『お前が傍にいないと、調子狂うンですけど』

「…はいはい。そういう台詞は女の子に言いましょうね、伸太ちゃん」

『ちょっとー、月夜さーん。伸太くんの一世一代の告白を軽く流さないでくださーい』

「十六歳で一世一代かよ。どんだけ早死にする気だ」

『ツッコミどころはそこじゃないから! 微妙なのはやめて! つか早死になンかしないし!!』

「あー、確かにお前は何だかんだでひょろりひょろりと上手く生きていきそうだよなあ」

 自分で言った言葉に、俺はうんうんと深く頷く。

 伸太は無理だとか嫌だとか愚痴を溢しつつも、最終的にきっちりかっちりやり遂げてしまうような人間だ。

 総合的なスキルは俺たちの中でドンケツかもしれないが、世渡りスキルだけはダントツだと思う。

 ほら、からかわれ易い無害な人間って、出る杭を打つような金槌タイプに好かれるし。

 受話器からは「ひょろりひょろりって何!? 俺イソギンチャク!?」という不満そうな声が聞こえてきたが、意味不明だからさらっと無視した。

 ひょろりひょろりからイソギンチャクを連想する人間なんてお前くらいなもんだよ。

『っつかさー、月夜』

「んー?」

『お前、全寮制の男子校なンかに入って大丈夫なのかよ』

 ふいに、受話器の向こうから真面目くさった声が聞こえてきた。

 あれれ伸太くん、なんか真面目モード入ってませんか。キャラじゃないですよ。

「大丈夫なのかよ、って…。俺は自分中心に世界を回す我侭セレブか」

 お前、俺のこと何だと思ってんだ。

 そりゃあ今までずっと共学で過ごしてきたし、寮生活は初めてだけど、もう十六だぜ?

 男子ばっかの生活なんて耐えらんなーいとか、寮なんか嫌だーとか、ぐずぐずするわけないだろうが。

『いや、そうじゃなくてさ…。ほら、男子校って色々悪い噂あるじゃん?』

「近くに女子校なんてないっつの」

『誰もンなこと言ってねーよ』

「じゃあ何」

『だから、男同士で付き合うとか! 男子校の悪習ってよく言うじゃんか!!』

「はあ?」

 俺は正しいことを言ってます!、的な伸太の発言に、思わず呆れた声が流れ出る。

 何言ってるのこの子。痛いよ。とっても。

「お前、漫画の読みすぎじゃねえの? ここ日本だぜ?」

『でもお前ンとこ、エスカレーター式なンだろ? だったらありえねー話でもないじゃん!』

「いやいや、流石にないだろ。だってお坊ったまばっかだし」

『金持ちお坊ったまが何年も寮に閉じ込められてじっとしてる方がないと思うけどな俺は』

 句読点なしで言いやがりましたよこいつ。

 何? 反抗期?

「つーか、別にそんなの関係ないだろ。俺の恋愛に対する興味関心意欲は共学でもオールゼロだぜ?」

『それはよく知ってるけどさァ…。月夜が毒されないとは言えないし』

「伸太、どうしたのお前。何か変なモンでも食べた?」

 悪習とか毒されるとか、伸太が知ってるってだけでも充分驚きなのに、平然と使ってるし。

 信じられん。一体何があった。お母さんに教えなさい。

『食ってねーよ! 何だよ、お前のこと心配して言ってやってンのに!』

「あー、はいはい。ありがとね伸太ちゃん。愛してるよー」

『月夜さん、ぜんっぜん心が感じられないンですけど。見事に棒読みなンですけど』

「黙って受け取っとけ」

『え、愛の押し売り?』

「んー、伸太ちゃんはオネムなのかなあ? も〜〜い〜くつね〜る〜と〜〜」

『や、そンな子守唄要らないから。季節外れもいいとこだから』

「薄情者め!」

『どっちが!?』

 さあ…どっちがでしょ。

 つか、相変わらず伸太はノリがいいなあ。

 四日ぶりで相変わらず、ってのは変かもしれないけど。

 こう、庶民の気楽さというか、単純な馬鹿さに触れたような気がして、これからは伸太と電話をする度に懐かしんでしまいそうだ。

 不本意ながら。

「――変わらないよ」

『…?』

( 変わりたくなんかない )

『月夜? 何か言った?』

「んー、喜成(ヨシナリ)に迷惑かけ過ぎるなよ、って言った」

『俺そンなに迷惑かけてますか?! むしろアイツには俺の方が迷惑かけられてますよね?!』

「いや、それは喜成も全力で否定すると思う」


 お前らとまた、太陽の下で会えるように。


 血溜まりには、溺れたくない。





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