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硝子に罅が入る時刻。




 寝てる人間の力は意外に強いって言うけど、寝惚けてる人間の力も強いんですね!

 って、そんなことを暢気に考えてる場合じゃない。

 暴れる俺を背凭れと自分の身体との間に挟んでしっかりホールドしている船渡川さんに、目一杯首を反らせて叫ぶ。

「船渡川さんっ!! 起きて下さいっ!!」

「ん゛〜、みっくんうるさい〜…」

 煩くさせてんのは誰ですか。

 つーか、

「俺はみっくんじゃないんですけどッ!!!」

「んんん?? ん〜?? ……あれ、みっくんじゃ‥ない??」

 思い切り顔を顰めている俺を覗き込み、船渡川さんは真っ黒な双眸をまん丸にした。





神様は悪戯に夜を照らし 06





「いや〜、ほんとごめんね〜。細いし軽いからてっきりみっくんだと思ってさ〜」

 あっはっは。

 ゆるぅい口調で笑う船渡川さんの頭を、あっはっはじゃねえよと引っ叩きたい衝動に駆られたが、差し出されたコーヒーが存外美味しかったので我慢した。

 サイフォンには敵わないと聞くけれど、コーヒーメーカーも侮れないな。香りもいいし。

 注ぐ際に歌うように言っていた「すっくんがいっつも豆から淹れてくれるんだよ〜、マメだよね〜、主夫だよね〜」という言葉に嘘はないんだろう。

 勿論、くだらない駄洒落はスルーさせて頂きましたが。

「それで、ええと〜…、」

「高田です」

「そうそう〜、高田くん。みっくんより随分と背があるのにみっくんみたいに華奢な高田くんが、どうしてここに?」

 カップを手に持ちながらこてん、と首を傾げた船渡川さんに一瞬頬が引き攣る。

 …それ、必要な説明ですか?

 二回目の「高田くん」の前についた表現は、本当に必要な言葉でしたか?

 その情報が編入生の「高田月夜」を覚える為に使われたのだとすれば、俺は貴方の甘ったるそうな色をした三つ編みを引っ張って頭をテーブルに強打させ、数分の記憶を抹消し、一からやり直したいのですが。

「何か足りないものでもあった〜??」

 強いて言うなら、貴方の脳味噌でしょうか。

「……いえ、何も。俺は急用が入った綾部さんの代わりに書類を届けに来ただけです」

「書類〜?? 何でみっくんの代わりに高田くん? 高田くん、どこでみっくんに会ったの?」

「え、‥どこで、って、綾部さんが入寮に関する書類を頂きに参りましたって、部屋に…」

 ていうか、綾部のことですか。

 『みっくん』という実に可愛らしい渾名をつけられているのは、あの綾部さんですか。

 船渡川さんの呼びかけにすんごく嫌そうに答える綾部の顔が浮かぶなあ…。

 『みっくん』が同じ評議委員の綾部のことなら、『すっくん』は綾部に「澄也さん」と呼ばれていた人のことか?

 俺は言わないから関係ないけど、『すっくん』は『みっくん』と違って結構言い辛いと思う。

「あ〜…、なんだそっかぁ、そういうことか〜」

 船渡川さんは、俺がコーヒーを淹れてもらっている間に見易いようにと揃えて正面に置いておいた書類を漸く手に取り、さっと目を通すと納得したように頷いてへにゃりと笑った。

 いや、その「あっちゃ〜」とでも言いたげな微妙な苦笑は何なんでしょう。

「あの…?」

「あ〜、高田くんごめんね〜。高田くんのところじゃなくて管理人室に取りに行ってって言ったつもりだったんだけど、みっくんに上手く伝わってなかったみたいで、迷惑かけちゃったね〜。で、迷惑ついでに、コレ、パソコンに入力してくれないかな??」

「…は?」

 書類片手に立ち上がった船渡川さんはこっちこっち〜と手招きしつつ、窓際にある立派な椅子に腰を下ろしてパソコンを作動させているが、何がなんだかさっぱりわからん。

「俺、文章入力って苦手なんだよね〜。みっくんには平仮名でちまちま入力するから余計に時間がかかるんですよ、って言われるんだけど、アルファベット入力も難しいでしょ? キー多いしさ〜」

 パスワードを入力して必要なファイルを開いたらしい船渡川さんは、状況を理解出来ずに固まっている俺を抱きかかえる様にして椅子まで運び、ふかふかのそこに座らせた。

「っえ、あの、」

「高田くん、コレ何分くらいで入力出来る?」

「‥三分もあれば充分だと思いますけど」

「ほんと? 凄いね〜、ブラインドタッチってやつ? 俺、人差し指一本でしか打てないからさぁ、一枚入力するのに三・四十分はかかっちゃうんだよね〜。あっはっは」

「………わかりました。やらせて頂きます」

「ありがと〜、助かるよ〜。じゃあ、ついでにコレも頼んでいいかな?」

「…はっ?」

 王族の仕事を引き受ける義理などないが、仕事と言う程の事でも量でもないし、断った方が面倒なことになる気がして了承した俺は、船渡川さんの台詞に勢い良く顔を上げた。

 “ついで”に? その不穏な言葉、さっきも聞いたんですけど?

 どういうことだと船渡川さんを見上げる俺の目の前にドン、と置かれたのは、何処からか突然現れた書類の塊。

 山と表現する程の量ではないのが救いだが、若しかしなくても十センチ近くあるコレを全て入力しろってことですか。

 見ただけでやる気が地面に減り込むんですけど。

「船渡川さん…?」

「いや〜、高田くんが来てくれてほんとに良かったよ〜。みっくんの目を盗んですっくんに頼もうと思ってたのに、後始末に呼ばれちゃってさ〜。今日中に入力しなきゃいけないんだよね〜、コレ」

 いやいやいや、自分の入力速度が遅いってわかってるなら、前もってやっておこうぜ?

 余裕のある計画を立てようぜ?!

 つーか、最初っから船渡川さんの仕事にするなよ!

 人には向き不向きってもんがあるだろうが。

「船渡川さん、これは別のフォルダですよね?」

 しかし頭の中で文句を垂れていても書類は減らないので、自分のデータをさっさと入力する。

 追加された塊に目を通しつつ、キャビネットの前で何やら作業をしている船渡川さんに訊くと、船渡川さんは手を引き出しに突っ込んだまま、顔だけでこちらを振り返った。

「ん〜、そう。そっちはねぇ、Bのフォルダの…、‥‥あれ、何だっけ?」

「…Bフォルダの1-07-miですか? ま行の『み』の途中からでいいんですよね?」

「あ〜、うん、多分そう〜。ミツヤくんて子だったよね? 五十音順は間違ってないと思うから、よろしく〜」

 はいはい、よろしく頼まれましたですよー。

 ゆらりと揺れたキャラメル色の三つ編みから書類の塊に視線を移す。

 一ミリ五枚とすると、単純計算で約五百枚。

 船渡川さんも遊んでるわけじゃなさそうだし、真面目にやるか。

「はいは〜い、今出ますよ〜。はい船渡川〜」

 や行に突入して少し経った頃、机の上の電話がプルルルルと鳴いた。

 相変わらずのゆるぅい口調で受話器をとった船渡川さんを視界に収めながら、肩を回して固まった筋肉を解す。

 あと半分か…思ったより早く終わりそうだな。

「あ、セーヤ? お疲れ〜。戸隠くんがまた暴れたんだって? 新学期早々大変だね〜。あっはっは、でも戸隠くんを指名したのはセーヤでしょ? 戌井(イヌイ)くんもさぁ、しっかり飼い慣らしなよ〜。だいじょぶだいじょぶ、データの入ったメモリはちゃんと明日の朝渡すから。忘れてないって〜。当たり前じゃん、全員分だよ」

 船渡川さん、そこでばちこん☆とウインクする意味がわかりません。

 俺にパワーでも与えたつもりですか?

 見事に逆効果なんですけど。

「あっはっは、みっくんがぷりぷりしてるのはいつものことだよ〜。それ本気? 二つの意味で怒られるよ、絶対。せめて苺牛乳かコーヒー牛乳じゃないとさ〜。うん、必要な書類は明日メモリと一緒に持ってくよ。それは真面目なすっくんが頑張ってくれると思う。俺がやるより確実だから。うん、じゃあね〜」

 …この人、真面目に評議委員の仕事やったことあるのかな。

「高田くん、コーヒーのおかわり要る〜?」

「頂きます」





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