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硝子に罅が入る時刻。




「高田月夜さんですか?」

 ………あれ。何で女の子がいんの。





神様は悪戯に夜を照らし 04





 高杉は鍵を持ってるんだからインターホンなんか鳴らすはずないのに、俺は何故だか高杉だと思ってワイシャツ姿のまま何の心構えもなく玄関を開けたんだが。

 その向こう側にいたのは高杉よりも数段可愛い女の子だった。

 いやいや間違えた。

 男装した女の子にしか見えないくらい、綺麗な顔をした男子生徒だった。

 おかえりの「お」を言おうとして留まった俺を下の方から見つめている。

「―――そう、ですけど」

 若干睨まれてるような気がするのは俺の格好がだらしないからですかね?

 ルームメイトを出迎えるつもりだったんで、ワイシャツの裾が出てることには目を瞑ってもらえません?

 服装を整えるのが面倒でドアを押し開けた状態のまま答えると、小柄な少年は初対面でも機嫌が悪そうだとわかる表情のまま、僅かに頭を下げた。

「一年の評議委員の綾部(アヤベ)です。入寮に関する書類を頂きに参りました」

 …えーと、入学式(始業式)って昨日じゃなかったっけ。

 新入生らしさがどこにも見受けられないんですけど。

 むしろ雰囲気的には今年度から後輩の世話しなきゃいけないのかよ面倒くさいな、って感じの二年生なんですけど。

 ていうか、評議委員? 評議委員って王族‥だよな??

 皇族の中から容姿の良さで選ばれた、別格の存在。

 俺は卑族だからつり上がり気味の目がキツいのも見るからに不機嫌そうなのも仕方がないことなんだろう。

 が、しかし。その態度、デフォルトじゃありません? 今流行りのツンデレさんですか?

 …って、違う違う。そんなことはどうでもいい。

 問題の台詞は後半だ。

「その書類なら、管理人さんに渡しましたけど?」

「…管理人?」

「はい。大五郎(ダイゴロウ)さんに」

「‥昨日?」

「はい。夕飯前だったので…午後の六時頃だと思いますが」

 あー……、うん。あんまり言いたくないんだけど、綾部さん、めっさ顔怖いです。

 思わず「さん」付けしちゃうくらい怖いです。

「チッ、あのクソジジイ…受け取ってんならさっさと連絡よこせっつんだよ。ほんと船渡川(フナトガワ)さんは当てになんねえな」

 ん? 今の音は何だろう。憎憎しげに鳴ったチッ、という音は何だろう。

 確実にわかってるけど言いたくないな!

 おっかないから言いたくないな!

「えーと、今すぐ取って来ましょうか?」

「‥面倒。…紙はあるので、ここでもう一度書いて頂けますか?」

「え、あ、はい」

 ポツリと溢された独り言はばっちり俺の耳に入ったが、眉間の皺が数本減ったところを目撃すれば――その皺を増やす勇気なんてありません――取って来るのは俺だから別に面倒じゃないんじゃないですかと意見する気は起こらず、差し出された紙とボールペンを受け取る。

 俺が書類を紛失していた場合を考えて持って来たんだろう。

 用意周到だ。

 でも、こんなこともあろうかと…ってボールペンまで持って来るなら、ここに来る前に管理人室に電話の一本でも入れればよかったんじゃないかと思う。

 今更言っても仕方ないけど。

 評議委員会に提出しなければならないのは大五郎さんに渡した書類全てではなく、印鑑を捺す必要も生徒手帳を見る必要もない、自己紹介書みたいなものだけらしい。

 小学校でも中学校でもこれにそっくりの自己紹介カードを教室の壁に貼ってたんだよなあ…。

 そんなことを思い出しながら記入した昨日を振り返りつつ、靴箱を机の代わりにして空欄を埋めていく。

 ぶっちゃけ俺が面倒だと言いたいが、昨日と同じことを書けばいいだけだからそんなに時間はかからない。

 人形のように綺麗な顔を惜しげもなく般若に変える綾部を長い間玄関先で待たせるわけにも行かず――ていうか俺はチキンな卑族なので王族様には一刻も早く帰って頂きたい――正義の味方の発光体が赤になる前に書き終えたのだが、渡そうと顔を上げた時、駆けてきた誰かが綾部を呼んだ。

 部屋の中にいる俺に聞こえた声が廊下にいる綾部に聞こえないはずもなく、内側に立ってドアを支えていた綾部は身体を引いてその誰かに顔を向けた。

「何ですか、澄也(スミヤ)さん」

「仕事中悪いんだけど、一緒に来てくれ。また戸隠(トガクシ)が暴れて窓ガラスが五枚、ドアが二枚、机が三脚、椅子が…」

「全部言わなくてもいいです。わかりました、一緒に行きます。面倒ですけど」

「助かる。事態の収拾はもう清也(セイヤ)がやったらしいから。…えっと、入寮の書類だっけ?」

「はい。船渡川さんに届いてないから直接取りに行けって言われて来たんですけど、昨日の内に管理人に渡してるらしいんですよ。あの人、とうとう夢と現実の区別がつかなくなったんですね」

「…そうかもな」

 綾部の辛辣な言葉に澄也さんと呼ばれた人物が控えめに同意する。

 そのことによって存在をほっとかれている俺の脳内ノートには船渡川さんはいい加減らしい、と言う大して意味のない情報が記された。

 ていうか、もう書類は書き終わってるんで話しの続きはドアを閉めたあとでやってくれませんかね?

 さっきから王族がわざわざ訪ねて来るって何の用事だよ、誰だよお前、みたいなきっつーい視線を通りすがりの生徒から頂いちゃっておりますのよ、ワタクシ。

 中等部の頃もその美貌で王族だったに違いない綾部と、同じ評議委員っぽい澄也さんは――声が聞こえるだけで姿は見えないが――注目されることに慣れてて気付いてないんでしょうけれども。

 そんなことを考えていた所為か、廊下に出していた顔をこちら側に戻した綾部の薄い唇から飛び出してきたのは、予想外も甚だしい台詞だった。

「高田さん。申し訳ないんですが急ぎの用事が出来てしまったので、その書類を保管室に持って行って頂けますか?」

 ……は?

「第三エレベーターを降りて真っ直ぐ行けばすぐに見つかりますから。船渡川さんに渡して下さい」

 ……はぁ?!

「え゛っ、ちょ、待っ‥‥、ってもういねえし!」

 ぽかんと口を開けたまま動くことも出来なかった俺の反応を一体どんな風に解釈したのか、言いたいことを的確且つ迅速に告げた綾部はあっさりとドアを閉めた。

 いや、確かに早く閉めてくれって思ったけど!

 書き終わってるんだから持ってってくれたっていいじゃん!?

 何で俺が届けなきゃなんないの?!

 慌てて廊下に顔を出すも、走って行ったのか二人の姿は既になく。

 消化不良の感情を胸に仕舞わざるを得なくなった俺は外に声が漏れないようにきっちりかっちりドアを閉めた後、一度だけ叫んだ。


「保管室って何階だよ!!」





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