「アイツらはまだ寝てんだろうな…」 俺が通っていた高校は公立。 そして公立は大抵今日が入学式で明日が始業式。 つまり、二年生である俺とアイツらは今日までが春休み。 アイツらは俺と違って青春の汗を流そうぜ!な運動部に所属しているが、昨日の深夜に送ったメールに返信がきていないから、今日は練習がないんだろう。 若しかしたら午後から練習があるのかもしれないが、どちらにしろ今はまだ夢の中ということだ。 ……羨ましい。実に羨ましい。色んな意味で酷く羨ましい。 悪夢でも見て冷や汗と共に飛び起きるがいいさ!、などと黒い念を遠くにいるダチに送っていた所為か、若干俯き加減で歩いていた俺は角を曲がってくる人物の気配に気づかなかった。 神様は悪戯に賽子を振り 09 「っ、!?」 角と言っても隙間のない建物ではなく、背丈より少し大きく伸びた木々だったから、若しかしたら相手は俺の存在に気づいていたのかもしれない。 驚いて息を飲む音も聞こえなかったし。 兎に角、ぶつからなくて良かった。 あと一秒でも止まるのが遅かったら、一瞬早く止まった相手に突っ込んでたな。 …危ねえ危ねえ。 「すみません」 ギリギリで踏みとどまった自分の素晴らしい反射神経に感謝しつつ。 一歩下がってから謝罪した俺は、頭を上げて相手の顔を見上げたところで、眼鏡がまだ内ポケットに仕舞われているということに気づく。 あ。かけるの忘れてた。 声には出なかったが、口を「あ」の形にしたまま一瞬停止すると、ぼやけた視界の先で何故だか相手が驚いたような顔に。 ‥え、何で。何で人の顔見て驚いてんですか。 ここ、驚くところじゃないよな? 顔洗ったから顔も髪もちょっとばかし濡れてるけど、別に全身びしょ濡れ、ってわけじゃないし。 ……はっ! もしかして俺が庶民の編入生だってバレたのか!? 一瞬で見破れるほど、お貴族様には庶民臭がわかってしまうのか!? とか何とか心の中で騒いで見るが、別に庶民の編入生だとバレたところで、大して困ることはない。 お貴族様とはなるべく関わりたくないが、お貴族様で構成された学園で生活する以上、完全に避ける方法なんて登校拒否くらいしかないし、始業式が行われている時間帯に出くわした生徒だ。 式をサボっていることを咎められることはないだろう。 いや、理事長や担任には咎められるだろうけど、迷ったものは仕方がないと開き直っていたりして。 特に理事長には反論する気満々だ。 三十分には出なきゃ間に合わないから。って言っていたくせに、俺が理事長室を出たのは四十分。 その十分をロスさせたのは他でもない、理事長本人である。 咎められる筋合いはないだろう。 むしろ許されるのならよくも迷わせやがったな!、と八つ当たりしたい。 つかあれで本当に理事長かよ、ふざけた発言の印象が強すぎて真面目な顔が思い出せないんですが、と眉間に皺を寄せていた俺の思考を中断させたのは、足元を見つめている視界で動いた相手の影だった。 「‥、」 「貴方…―――」 何が目的かはわからないが、ふいに俺の顔に向かって伸ばされた相手の手。 避けるという意思が生まれる前に飛び退いた俺の眼前でそれは行き場を失っていたが、俺は相手の口が動くと同時に勢い良く走り出した。 敵意はなかった。殺気もなかった。 多分、俺を傷つけるつもりで手を伸ばしたんじゃない。 それはわかってる。 でも、関わると碌なことがない、と頭のどこかでもう一人の俺が言った気がしたんだよ。 こういう直感はよく当たるから素直に従った方がいい。 「…、はっ………」 暫く走っていると、開けた視界に漸く何らかの建物が映った。 何でもかんでも豪奢な造りになっているから、外観からじゃ何の建物なのかさっぱりわからない。 途轍もなく不親切だとは思うが、贅を尽くす学園に庶民的な感覚は求めるだけ無駄だろう。 数回深呼吸をして呼吸を整え、眼鏡をかけて髪形も手櫛でさっと直す。 誰かがいるとは限らないが、とりあえずあの建物に行ってみよう。 ゆっくりと歩き出した俺は、けれどすぐに足を止めることになる。 何となく時刻を確認しようと思って開いた携帯電話の画面が真っ黒だったからだ。 「えっ…、え!? は、ちょ、マジ!?」 閉じて開く。‥変わらない。 電源ボタン長押し。‥変わらない。 まーじーでーすーかー。 充電が切れるなんて予想外なんですけど。 ちょっと地味にショックなんですけど。 …アレか。昨日の深夜に「突然ですが転校することになりました」メールをダチに送ったからか。 携帯電話を肌身離さず持ってないと落ち着かない!、なんて現代っ子のようなことは言わないが、携帯電話を腕時計代わりにしているので、時間がわからないのはちょっと困る。 始業式サボってるヤツの台詞じゃないですけども。 「ってか、これじゃあアイツらからメールきたとしてもわからんじゃん」 ダチからのメールが待ち遠しいわけじゃない。そんなことは断じてない。 が、送った内容が内容なので、恐らくすぐに返信しないと煩いだろう。 勿論アイツらが部屋で叫ぼうがどうしようが遠く離れた場所にいる俺に被害はないが、それは間違いなく返事を出してから一気にまとめてやってくる。 メールの文章や電話の声という凶器となって。 ……考えるのはよそう。気分が沈んでくる。 折り畳んだ携帯電話をズボンのポケットに落とし入れた瞬間、俺の名前を怒鳴る声とそれをパワーに変換したような衝撃が俺の脳天を襲った。 「高田月夜ッ!!」 「だっ!!??」 ※プロットを作ったのが随分前なので、作中に出てくる「携帯」はスマホではなくガラケーです。今後スマホを出す場合は「スマホ」か「スマートフォン」と書きます。 NEXT * CHAP |