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硝子に罅が入る時刻。




 あっはっはー。

 何て言うかアレだね、もう笑うしかないね。

「こんだけ広けりゃ、方向音痴じゃなくたって迷うさや」

 体育館はどこですかい?





神様は悪戯に賽子を振り 06





 理事長室を出て早十五分。

 式の開始時刻まであと五分しかないと言うのに、俺は体育館の場所どころか、自分の現在位置すら掴めていなかった。

「防犯の為とは言え、敷地内で遭難者が出たらシャレにならんだろうに」

 どっかに犬の御巡りさんでもいないだろうか。

 いや、いるはずがないし実際にいたら恐ろしいが、代わりになる人か物があっても罰はあたらないはずだ。

 特に今日は入学式を兼ねた始業式なんだから、もうちょっと配慮があってもいいんじゃないのか?

 編入生である俺一人に為に、なんて我儘は言わないけども、一年生は高等部に慣れてないだろうし。

 ああ、でも、入寮は春休み中だし、寮から体育館へ続く道は式典モードになってる、ってことも考えられるのか。

 そうだとしたら…ってか、よくよく考えてみれば、この英国庭園ですかと突っ込みたくなるような場所に案内役や案内板は必要ないわな。

 つまるところ、

「非常にピンチ?」

 開いた携帯のメインディスプレイには、丁度良く09:00という数字。

 どういうプログラムで進んで行くのかなんて想像もつかないが、演奏や司会の声が全く聞こえてこないってことは、体育館と大分距離があるんだろう。

 断じて、俺が方向音痴というわけではない。

 広すぎるこの学園が問題なんだ。

 むしろ体育館に繋がる出口を教えてくれなかった理事長が悪い。

 体育館までの道にすら迷う可能性があるなんて、そんなこと聞いてないし!

「本当、初っ端から躓きまくりだな」

 う ふ っ …… う ふ ふ ふ ふ っ 。

 顔に乾いた笑みを貼り付けるも、口からは溜め息が零れていく。

 前途多難もいいとこだ。不安要素もありまくりだし。

 これは神の御告げか? 御意思なのか?

 こんなお坊ったま校に入るのはやめなさい、今ならまだ間に合います!、みたいな。

 ………はあ。

 胸中で騒いでみても現実は変わらないんだから、虚しくなるだけだ。

 溜め息と一緒にやる気が流れ出て行ったことを感じつつ、俺は軽く頭を振ることで思考を切り替えた。

 式に出ることはすっぱり諦め、教室を探す為に歩いてきた道を戻り始める。

 途中から参加?

 有り得ない有り得ない。

 そんなことしたら絶対目立つ。

 初日から全校生徒の注目を浴びるなんて御免ですもの。

 俺の目標は『ああ、そういえば居たかもしれない』程度のうすーい存在。

 お坊ったま校の中でひっそりこっそりしずかーに生活させて頂きとう御座います。

「確か……、こっちから来たんだよな?」

 単体で建っている体育館は探し辛いだろうが、校舎に戻れば教室の場所くらいわかるだろう。

 そう思って引き返したんだが―――…。

「ここはミラーラビリンスか」

 校舎まで続く、ついさっき通ったはずの道すら判別出来なくなった。

 いや、間違っているという確証があるわけではないのだが、この道であっているという確証も同じくらいないわけでして。

 前後左右、どこを見ても同じような景色にしか思えず、記憶の引き出しを引っくり返してみても全然わからない。

 こりゃ、完全に迷子か?

 高校二年生にもなって、敷地内で迷子デスカ?

 マジ笑えないんですけどっ!


 ニ ャ ア


「もうほんと笑えにゃー‥、……は? にゃあ?」

 今、物凄く可笑しな語尾になった気がする。

 「にゃー」って何だ、「にゃー」って。

 幼稚園児か?

 いや、幼稚園児でも語尾に「にゃー」はつけないわな。

 猫人間じゃあるまいし。

 何処かから俺の語尾を操作した鳴き声に視線を下げれば、存外近くに猫がいた。

 ………いつの間に。

 っていうか、

「チャスケ‥? ……なわけないよな」

 ワイルドな外見を裏切る、社交的で明るい性格。

 知り合いの飼い猫にそっくりだったから思わずチャスケと呼んでしまったが、フレンドリーなベンガルはそんなこと気にもせずに近寄ってきた。

 特徴の一つと言えるシルクのようなコートを数回撫でてから抱き上げれば、大きな瞳が嬉しそうに俺を見つめる。

「ブラウンスポテッドタビーの毛色にグリーンの目色…。マジでチャスケと瓜二つだな。でもコイツの方がちょっと小さ‥、うおっ」

 じー、と間近で観察していた所為か、ふいに目尻を舐められた俺はベンガルを落としそうになった。

 勿論、投げ捨てるなんて非情なことはしなかったが。危ない危ない。

 運動量が多い活発な猫であることを思い出し、早々に解放してやると、ベンガルは地面に足をつけた瞬間、俺に背を向けて進み始めた。

 実に軽快な歩みだが、時折俺を振り返っては催促するように「ニャー」と鳴く。

 ……若しかしなくても、ついて来い、って言ってるんだろうか。

 犬の御巡りさんならぬ、猫の御巡りさん?

 いや、この場合は案内猫か?

「校舎まで案内してくれんなら有難いんだけどなあ」

 ベンガルはお喋りで飼い主の言葉がけに答えるって聞いたけど、流石に人間の言葉を正確に理解することは出来ないだろう。

 お腹すいた?、とか楽しい?、とかそういう自身に関係する問いかけなら何となくわかるのかもしれないけど、校舎の場所がわかるか?、なんて人間が人間にする猫には関係のない質問を理解出来るはずがない。

 それでも自分が歩いてきた道すら定かでなくなっていた俺は、気分転換に猫と散歩をするのも悪くないかと思い、何処かへ向かっているベンガルの後を追うことにした。





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