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十六回目の嘘。
※12禁表現※


 素直に自分の非を認めて謝るくせに俺の非は責めないから、嫌い。

 陸大の代わりに俺を求めたくせに『陸大』と『空大』を同一視しないから、大嫌い。

 『愛してる』って言葉と一緒にいつまでも俺の中に居座って、ほんといい迷惑。

 もう何も望まないと誓った俺に愛の告白をさせるなんて、勘弁してほしい。



口が虚しい、と書いて嘘。




 目と口を開けたまま、長瀬さんは置物のように動かない。
 心境的には俺も同じだ。呆然。
 こんなに支離滅裂な告白、聞いたことがない。あっていいとも思わない。

 だめだ、今日はもうだめだ。ネジが飛んで頭がおかしい。洪水状態。
 俺、何を喋ったんだっけ。何を言いたかったんだっけ。
 数秒前の言動にすら自信が持てない。…ほんとに、告白、した??

 曖昧すぎる記憶。願望充足の機能を持つ空想との区別もつかないなんて。
 でも、破茶滅茶なことを言ったのはわかってる。悪い意味で素直だった。うん。褒めろ、馬鹿珠樹。

 ロシアの雪に埋まりたい。


「勘弁してほしいのはこっちだよ‥‥くそ…っ」

 どさっ、という音に顔を上げると、床に座り込んだ長瀬さんが頭を抱えていた。

「持ち上げて、突き落として、また持ち上げて……俺の心臓、止める気か」
「…………」

 そんなつもりは毛頭ない、けど。
 殺したいと思ったことがあるから、ちょっとコメントし辛い。

「―――責任、とっていいのか」
「…?」
「もう、離してやれないぞ。他に好きな奴が出来たって言われても、別れたいって言われても、離してなんかやらない」

 何言ってんの、長瀬さん。それ、

「俺の台詞」
「っ、……ほんと、勘弁してくれ」
「え、…な、長瀬さん?」

 頭を抱えていた手で顔を覆った。と思ったら、長瀬さんはそのまま後ろに倒れてしまった。
 まるで大事な試合に競り勝って力尽きたプレーヤーのような格好だけど、一体どうしたんだろうか。

「長瀬、さん…ゎッ、?!」

 恐る恐る傍まで行って、顔を覗き込もうと膝を曲げた瞬間、物凄い力で抱き寄せられた。

「い゛、‥ッ」
「愛してる」
「っ!!」
「空大、愛してる。愛してる」

 床に打ち付けた膝も肩にぶつかったおでこも痛かったのに、脳に直接響くような声を聞いたら、一瞬で消えてしまった。


「おれ、も、あいしてる」


 首筋に顔を寄せて、きつくきつく抱きしめ返して。
 初めてちゃんと出来た、「愛してる」の返事。

 本当は離したくなかった。ずっとこの腕の中にいたかった。
 どんなに居心地が悪くても、自分の情けなさや愚かさを恥じる暇もないくらい、貴方は俺を想ってくれていたから。
 心が透き通るような温かさで包み込んでくれたから。

 いつも、いつだって、伝わってきたよ、貴方の優しさ。

 本気で疑ったことなんて一度もない。
 だって、嘘つきな俺はよく知ってる。

 目が嘘をついても、言葉が嘘をついても、体温は、嘘をつかない。







 吐息だけを漏らして抱き合うことが

 その僅かな吐息さえ奪うように求め合うことが

 こんなにも切なくて、胸が痛んで

 泣きたくなるくらい幸せだなんて

 あの頃の俺は、知りもしなかった







 Pululululu Pululululu

「ん〜………、っ!」

 布団を被ったまま手探りで音源を捜し、薄暗い中で携帯を開く。
 着信の相手はアレックス。…やばい、もう十二時二十分過ぎだ。
 きっと十分もしない内に呼び鈴が鳴らされる。
 パーティーのことなんかすっかり忘れてたよ…。

 長瀬さんを起こさないようにベッドを下りてリビングに入ってからボタンを押すと、くすくす笑う声が聞こえてきた。
 日本にいた時は当たり前のように日本語で喋ってたけど、アメリカにいる今は当たり前のように英語で話す。

『寝ていたのかい? タカヒロ。もうすぐ着くよ』
「あー…すみません。今日、行けません」


 長瀬さんがいるのに行けるはずがない、っていうか、行く理由がない。

『どうして?』
「バレンタインは、愛しい人と過ごす日でしょう?」
『…キミに愛しい人なんていたのかい?』
「いたみたいですね」


 珠樹のプレゼントがなかったら、気付かなかったし、認めなかっただろうけど。

「愛し合ってるなら一緒になるべきだ、って。バレンティヌス司祭が力を貸してくれたのかもしれません」
『ふふ、タカヒロの口からそんな言葉が出てくるなんてね。日本にいた時は夢にも思わなかったよ』
「渡米と同時に素直になったんです。思ったことをはっきり言わないと、あのメンバーとはやっていけませんし」
『なり過ぎも問題だと思わないかい?』
「いえ、全く。それにアレックスたちに比べたら、まだまだかわいい方でしょう?」


 俺はアレックスのように微笑みを浮かべて毒を吐くことも、アートのように爽やかな笑顔で急所を突くことも、ディックさんのように身体中から冷気を放出させることもないんだから。
 かわいい方、どころか、かわい過ぎるくらいだ。

「アートとディックさんによろしくお伝えください」
『わかった。でもアートはきっと怒るだろうね。誰かにタカヒロを紹介する気みたいだったから』


 …やっぱりか。いつもは迎えに行かせるなんて言わないから、そうだろうなと思ってた。

「でも、俺は何も言われていませんし、何より、あの人以外は要りませんから」
『妬けるね、タカヒロ。押し掛けられたいのかい?』
「押し掛けは間に合ってますので、お断り申し上げます」


 抑揚のない声で淡々と告げると、笑い声だけが返ってきた。
 …アレックスの噴出し笑いなんて貴重だ……。
 アートが知ったらどうして写真撮らないんだよ!、って無茶なこと言うんだろうなー、なんて考えてた、ら。

「っ?!」

 突然、後ろから首に腕が巻きついてきた。
 ぎゅ、と抱きしめられて、その体温に鼓動がブレる。

「、長瀬さん、俺今でん、」
「…黙って消えるな」

 わ、ちゅう、なんですけど。言える雰囲気じゃないですね。
 空気読んでないのは気持ちを確かめ合ったばかりの恋人を置き去りにした俺の方ですかすみません。

 怒ってるような、拗ねてるような、寂しがってるような。
 何とも表現し辛い声を耳に押し込まれて、子供みたいだなあ長瀬さん、とか思ってたら。
 いつの間にか伸びてきた指に通話を切られ、あろうことかその携帯をどこかへ投げ捨てられた。

「ぇえっ、んぅ……ちょ、」

 今、ガシャン、て聞こえたよね。
 携帯が固いフローリングに落下して、ガシャン、て危ない音が聞こえたよね。
 フラップ開いたままだったら、最悪、真っ二つじゃないの?

 抗議しようにも舌を絡めてくる長瀬さんは100%気にしてないし、後頭部をしっかり押さえ込まれてるから見に行くことも出来ない。
 …急に通話を切られたアレックスが俺の事情を察してくれることを祈るしかないか。
 それはそれで色々と困るというか、面倒なんだけど。

「ひあッ、ゃ、…っなが、せ、」
「“悠平”」
「や、そん、‥‥っ」

 いやいやいや、呼び方なんてどうでもいいよ。
 問題なのは長瀬さんの手や舌が俺の肌を這い始めたことだよ。
 どこ触ってんの。

「さ、っき、ヤった、…、ばっかじゃ、ん!」
「足りない」
「…ん、……ふ、ぁ…っ」
「全然足りない」

 …そりゃあ、俺だって、足りたとは思ってないけど。
 離れてた半年分、取り返せるなら取り返したいけど。

 中途半端に陸大を演じてた時は、なんていうか、直接的なことをされないと感じなかったのに、今は、抱きしめられるだけで心臓が煩くなるんだよ。
 声が首筋を撫でていくだけで指先からぞくぞくするんだよ。 

 だから、ええと、つまり、何が言いたいのかって言うと、アレだ、アレ。
 ネジの頭が…、じゃなくて。
 頭のネジが飛んだままの俺は、長瀬さんに全部吐き出したこともあって、反応が違うんです。
 別人か!、って突っ込みたくなるくらい、長瀬さんに対する反応が全然違うんです。

 ―――自分の熱で溶けそうなんだよ! くそっ!

「空大、かわいい」
「…、!! うるさいっ」


 嘘を剥ぎ落としてわかったことが一つある。

 本音って、身体に毒だ。

 しかも甘いから、


 嘘 よ り よ っ ぽ ど 、 性 質 が 悪 い 。


「明日の朝まで抱きたい」
「無理に決まってんだろ!!」


 ごめん、アレックス。訂正。

 素直になり過ぎるのは、大問題だ。





FIN * おまけCHAP






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