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nap color 2/2





「たりゃっ!!」

「とりゃっ!」

「うりゃっ!!」

「しょりゃっ!」

 煩い。

 ……とは言わないが、何かを競っているらしい不思議な声が妙に気になる。

 十夜との共同部屋を独りで使っていた一季は、リビングに続く扉を開けて飛び込んで来た光景を数秒見つめ、首を傾げた。

「―――…何やってるの?」




noisy colors * nap color




「あ、イチ」

「イッちゃん!」

 一季の瞳に映ったのは、

 生活感溢れるフローリングの空間。

 窓際に積まれた家族分の布団。

 そして、その上で力一杯抱きしめ合っている、兄と妹。

 ハグという愛情表現は日常的なことなので別におかしいとも思わないが、負けんぞと言わんばかりの掛け声を出していた理由がわからない。

 …流行に疎い自分が知らないだけで、これは今流行りの遊びか何かなのだろうか?

 むぎゅっ、という息苦しい音が聞こえてきそうなほど密着している二人をその場で眺めていると、千早が零音を腹の上に乗せたまま不思議そうな一季を手招いた。

「イチ。イチもこっちおいで」

「イッちゃん、いっしょにあそぼ!」

「……やっぱり遊んでるの?」

「うん? 遊んでるっていうか、日向ぼっこしながらレーを愛でてる」

 一季は上体を起こした零音の言葉に再び首を傾げ、布団に埋もれる千早は一季に手を伸ばしながら答える。

 何の疑問もなくその手に自らのそれを重ねた一季は、引き寄せられるまま、にへら、と蕩けるような笑みを浮かべている千早の脇に寝そべった。

 …気持ちいい。

 布団と千早の適度な温もりが一季を包み込み、一季は幸せを逃がさないように目を閉じた。

「レーもチーちゃん、めでてるよっ」

「…! ああもうっ、レーは可愛いなぁ!」

「チーちゃんもかわいいよ? レーね、チーちゃん大好き! だって、かっこいいし、かわいいし、きれいなんだもんっ!」

「……っっ、兄貴殺しめ!!」

「きゃ〜っ!」

 だが、一季の穏かなまどろみを邪魔する、実の兄と実の妹。

 陸海家で普段キーキーギャーギャー叫ぶのは長女と三男と決まっているけれど、喧嘩でない騒がしさなら、次男と次女も負けてはいない。

 再び絞め殺さんばかりに抱き締め合い始めた騒がしい二人の真横で、一季は静かに目を開けた。

 十夜か万里だったなら仲間外れにするなと拗ねたり怒ったりするのだろうが、一季は不機嫌そうな顔をすることもなく数秒眼前の光景を見つめた後、離れてしまった千早の温もりを得る為にそっと手を伸ばした。

 零音を抱きしめる邪魔にならないよう、申し訳程度にシャツを掴み、自ら身体を寄せて猫のように丸くなる。

 妹のように抱き締めて欲しいとは言わない。そこまでは望まない。

 そう思って目を閉じた刹那、一季は千早の腕に抱き寄せられた。

「‥!」

「イチ、ごめんな」

「…?」

「勉強し辛かっただろ? 折角一人で部屋使えてたのに、俺が煩くしたら意味ないよな」

 眉をハの字に下げ、ごめん、と再度謝る千早に、一季はううん、と小さく、けれどはっきりと首を振った。

「チーちゃんは全然悪くないよ」

 正確に言うなら「俺」ではなく「俺たち」であるはずなのに、敢えて零音を入れずに「俺」と言った千早。

 兄として自然に妹を庇う千早を悪く言えるはずなんてないし、扉を二枚隔てた状況で二人の不思議な声が耳に届いたのは、勉強が一段落してぼーっとしていたからだ。

 邪魔など少しもされていない。

 今までだって、千早がした何かで勉強がし辛いと感じたことはただの一度も無い。

 むしろいつも感謝している。

 千早が万里のようにいい加減な兄だったなら、一季は自習の時間どころか宿題をする時間すらとれずに家事に追われているに違いないのだから。

「チーちゃん、いつも有難う」

 ほわり、と微笑む一季。

 何故突然お礼を言われるのかはわからないが、天使を思わせるその表情を何の前触れもなく間近で直視した千早は一瞬固まり、照れ隠しに一季の髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。

「――‥兄貴殺しめ」

「…チーちゃんも充分、弟妹(キョウダイ)殺しだと思うよ?」

「…………オニイチャンは殺人的に可愛い弟と妹を持って幸せだよ」

「レーもしあわせー!」

 千早は右腕に抱いた一季を更に抱き寄せ、腹の上に陣取っている零音は交ぜて交ぜてと言うように短い腕で二人に抱きつく。

 太陽の光を浴びる三人は互いの温もりを感じながら、静かに眠りへと落ちていった。


 本日発売の最新ゲーム機をぶら下げて帰ってきた十夜が絵になる程仲良くくっついて眠っている三人に飛び込み、笑顔で青筋を浮かべる千早に「夕飯抜きな」と告げられるのは、これから三時間後のこと。





FIN * CHAP




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