※12禁表現※ 「、ぃ‥、た…っ!」 ストレッチを終えた直後に足が攣るという、予想外も甚だしいハプニングに千早本人も軽いパニックを起こしているのだろうが、少しは自分の状態を考えて行動して欲しいと万里は思う。 ピンク色に染まった綺麗な肌や一ミリの計算もなく潤んだ瞳にはナイスバディーの美女が跣で逃げるほどの破壊力があると言うのに、その瞳の奥に縋るような色を滲ませるなんて。 震える吐息でか細い声を出すなんて。 襲ってくださいと言っているようなものだ。 恋愛対象は女だけだと断言する男でも理性が大きくグラつくに違いない。 「…つっ‥、ぁ‥‥ッ」 「……、…」 辛そうに眉を顰める千早の情事を思わせる呼吸に万里は握られた手をピクリと動かすが、すんでのところで思いとどまり、沸き上がろうとしていた劣情を理性で押し潰す。 …危ない危ないもう少しでオオカミどころかケダモノになるところだった。 いくら弟がべらぼうに可愛くったって色っぽくったって実の兄が手ェ出しちゃだめだよユー。 ネジが緩んだような言葉を浮かべながらも気を落ち着けて目尻にそっと口付けると、千早は固く閉じていた瞼を押し上げて万里を睨みつけてきた。 「、なにすんだよっ」 「何って、キス。気が散って少しは痛みが軽くなるかなーって」 「なるかぼけっ!!」 ささやかな復讐と言わんばかりに爪をたて、恨めしげに叫ぶ千早。 痛みに耐えながらも怒りを顕わにするその姿に万里はこめかみを金槌で強打されたかのような衝撃を受けるが、この子はどこまで人の忍耐を試せば気が済むの!?、という悲鳴は心の中だけに仕舞い込み、ごめんごめんと謝りながら額にくっついた髪を撫で上げる。 「チー、足のどこが痛いの?」 気遣うような優しい声色で問いかければ、反省の色を認めたのか千早は双眸から怒りを消し、途端に弱弱しい声を出した。 「りょーあし、の、うら……」 「足の裏??」 「‥って言うか、ゆび…? よくわかんない」 万里はベッドに上がり、明らかに強張っている足にそっと触れる。 疲労、運動不足、水分不足…等々。 原因はいくつか考えられるが、働き者の千早のことだ。 恐らく疲労によるものだろう。 ちょー痛い、ふくらはぎ攣った時より数億倍痛い、と子供のような表情で拗ねる千早にすぐ治るからと返事をしつつ、ゆっくりと力を込めて指を反らせていく。 その動作に千早は最初こそ顔を顰めたけれど足の裏の筋が伸びると徐々に痛みが和らいだのか、眉間に刻んでいた皺を解き、反対の足にも同様の処置を施す万里をまじまじと見つめた。 「………………」 「……、…なに?」 実弟を襲いそうになった兄とは思えない程真剣にマッサージをしていた万里は足の状態を訊こうとして顔を上げた途端、感心したような眼差しにぶつかって目をぱちくりさせる。 少し前まではその瞳を快楽に歪ませたいという劣情があった為、まっすぐに見つめられると良心が痛むというか居た堪れない気持ちになるのだが、そんな兄の胸中を弟が知るはずもなく、千早は濁りなど知らないような双眸で万里に微笑みかけた。 「なんかカッコいいなーって」 「…え、」 「普段はダメダメ兄貴だけど、やっぱりこういう時は頼りになるよなぁ」 ありがと、楽になった。 笑ってお礼を言う千早の片足を両手に持ったまま、万里は暫し停止した。 穏やかな声で告げられた言葉が頭の中に染み渡り、指先から体温が上がっていくような気がする。 じわり、じわり、じわり。 「――兄貴…??」 動かないことを不思議に思った千早が首を傾げながら伸ばしてきた手を、自分の頬に触れた瞬間、掠め取るように掴む。 きょとんとした目を見つめ返しながら、万里はその白い指に舌を這わせた。 「!? な゛っ、ちょっ‥!!」 指先に感じる温度と視界に映る光景に驚愕した千早は当然手を引き寄せようとする。 しかし握力の強い万里に敵うはずもなく、しっかりと拘束された手首は引き抜くことが出来ない。 左手も使ってなんとか右手を取り返そうと奮闘している千早の顔に視線を注ぎながら、万里は口に含んだ指先に軽く歯をたてた。 「ッ、…っ!!」 反射的にぴくりと震える手。 鈍い痛みに思わず顔を上げた千早は自分を見つめる淫靡な双眸に気付き、観察でもしているかのように視線を逸らそうとしない万里をきつく睨みつける。 何考えてんだ、この馬鹿っ! 「離せ!! ……、ぁ‥っ!」 非難の眼差しを浴びても万里は拘束を緩めず、解放するどころか今度は指の間を吸い上げた。 経験のない感覚に千早の唇からは本人の意思を伴わない声が漏れ、羞恥の念にかられた頬が赤く染まる。 「なっ‥、なっ…!!」 ついに腐った脳味噌が溶け出したか! 「こん…っ、のクソ馬鹿変態阿呆兄貴ッ!!!」 「ぐふぅお…っ!!!??」 怒りに満ちた左の拳が右頬に減り込み、人間のものとは思えない悲鳴が上がる。 衝撃を受け止め切れなかった万里の身体はそのまま壁に向かって倒れ、ガンッ、と痛い音が響いたが、漸く右手を取り戻した千早は顔を紅潮させたまま足を振り上げ、脇腹に強烈な一撃を叩き込んだ。 手加減? 遠慮? な に そ れ お い し い の ? ? 「ぅ゛…、っ…ぁ、……ッ」 呻き声を上げる変質者を見下ろして残忍な笑みを浮かべた千早はその襟首を引っ掴んでドアまでずるずる引き摺って行くと、慈悲心の欠片もなく廊下に蹴り出した。 「ベランダで寝て頭冷やせボケ」 冷たい床に転がされた万里は冷ややかな声を聞き、聴覚は次いでドアの閉まる音を拾う。 かちゃり。 本当は怒鳴り散らして壊さんばかりに力一杯閉めたかったのだろうが、眠っている四人を気遣ってか、それは酷く静かだった。 「ぁー…、まじ、あぶなかった、な……」 自分の命が危なかったのか、それとも兄としての理性が危なかったのか―――そんなことは敢えて言わないけれど。 熱を逃がすように殴られた右頬を床に押し付けながら、万里は苦笑いを零した。 太陽光の差し込むリビングで目を覚ました万里が頬と脇腹にはられている湿布に気付いてへにゃりと笑うのは、また別のお話。 FIN * CHAP |