あっち向いてゴメン! 2 朝の光を浴び、きらめく霧状に噴射された志垣の唾液。 本城は一瞬何が起きたか理解できずにフリーズした。 げたげたげた。 そう音が聞こえそうなほど志垣が笑っている。しかも自分を指差して。 「んだよお前それ!!変なマリモ色!!ヨダレ出しちまったじゃねえか!!」 触れれば壊れてしまいそうなあの志垣が、見る影もないほど顔をくしゃくしゃにして笑っている。 おまけに耳まで真っ赤だ。 何が起きたのかしばらく理解できず、ぽかんとする本城だったが、しばらくして脳が動きだし、ようやく自分が笑われているのだと気付いた。 変な緑、とは自分の髪の毛のことだろう。 昨日酒を飲みすぎて酔っ払った結果の髪型だ。 ちぐはぐに切られた挙句に何をしたのか、いかにも痛んだ茶色をまだらに残しながら、本城の髪の毛は妙な緑に染まっていたのだ。 なんとなく情けない雰囲気を醸し出していて、見ていると自分でも笑えてくるような妙な容姿を思い出し、本城も恥ずかしいやら腹立たしいやら。志垣に負けず劣らず赤くなる。 自分だって望んでこんな妙な髪色にしたわけじゃない。 酔って気が大きくなってしまっていたのか、それじゃなければ一緒にいた人間――実は誰と飲んだのかも覚えていないのだが――が悪戯のつもりでやったのだろう。 学校をさぼって染め直しに街まで行こうかとも思ったが、いい年して授業をさぼるな、誰の金で学校に通えてると思ってるんだと叱ったのは志垣だ。 だから恥ずかしい思いを我慢してここまで来たんじゃないか。 本城は憤るあまりに、噴火寸前の火山のように体を震わせ始めたが、志垣に気にした様子はなかった。 「おまっ!おまっ!!部屋にかっ、鏡ねえのかよっ!!おまっはははは!!」 静かになった教室に志垣の笑い声のみが響く。 周りにいたクラスメートは、いつの間にか壁の方に背をつけて固唾を飲んで成り行きを見守っていた。 その時の本城の様子ときたらクラスの全員が、今日ここで誰かが死ぬ、そう確信するほど殺気立っていたらしい。 神さま仏様、いやこの際悪魔でもいいからこの場を無事に収めてくれ。 二人を除いたクラスメートの心が一つになった時、明るい声が響いた。 「おっはよー朝から純元気だね〜笑い声廊下まで――って本城くん!?」 「おい砂原見ろこの髪!!やべえお前神だよ一久!!」 軽く手を上げながら教室に入ってきたのは砂原孝介だ。 本城を見て息を飲むが、いまだに爆笑を続ける志垣と震えながら顔を赤くする本城とを交互に見て、だいたいの状況を察したのだろう。 「まあ……あるよね……そういう失敗」 苦笑いを浮かべながら宥めるように本城へと愛想笑いを浮かべる。 その声と眼差しにはまったく馬鹿にした様子はない。 笑われて恥ずかしいやら腹立たしいやらの本城の心を、知ってか知らずか、ただただ同情的である。 それから砂原はケラケラと笑う志垣に呆れ返りながら目を向けた。 「純ってさー人は見かけで判断しないとか言ってなかった?」 「バカお前友人のネタ振りには全力で応えるのが礼儀に決まってるだろ!!」 砂原の疑問に答えた志垣はなおも笑い混じりの声だ。 ネタ振りというよりは明らかな事故に見えるんだけれど。 砂原は、納得のいかない怒りに振り回されているように見える本城に、なんと言葉をかけていいかも見つからず、誤魔化すように頭をかく。 本城は怒りに声が出ないのか、頬を痙攣させて志垣を睨むだけだった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |