カチカチと秒針がうるさい。
秒針が気になり出してしまったらそれ以外に耳に入らなくなってしまう。


「もうすぐ0時か…」


そういえば、0時と0時1分の間で平行世界がどうとか。
無理じゃね?
つまりは1分で学園に行けってか、あっははは無理無理。
鬥浪からもらった眼鏡をかけてみる。
だて眼鏡のようだ。



『そういや、俺授業どうなったんだよ?』


『大丈夫大丈夫、僕が直々に話つけてきてるから』


『へ?どうやって?』


『もちろん、これで』


満面の笑みで果物ナイフをちらつかせた鬥浪。
みなさーん、ここに天使の皮を被った悪魔がいらっしゃいますよー。
この人に会ったら真っ先に猛ダッシュ全力疾走で逃げてくださいねー。


『てゆか、別にもう帰宅しても構わないんだよ?』


『いえ、授業受けさせていただきます』


『えー、つまーんなーいよー』




まったく、あの人は何なんだ。
意味不明だ、まったくもって意味不明だ。
そうこうしているうちにいつの間にか0時になっていた。
あまり似合わない黒縁の眼鏡を装着して家を家族に内緒で飛び出す。
走って学園に向かうと何故かはわからないが近く感じた気がする。
あっという間に舞夢学園の校門が見えた。
たいして息も荒れずに着いたな、と思いながら校門を開けようと手を伸ばしたその時。

──ドシャッ

何かが落下してきたような音が左側から聞こえた。
もしスライムが本当に実在していたなら、落下したらこんな音であろう。
校門に伸ばした手はそのままに彰時は首だけを左側に向ける。


「な…だ…?」


何だこれはと言おうとするも、口内がからからに乾ききって声が掠れてちゃんと言えなかった。
そこに“いた”のは青くて可愛らしいスライムじゃなくて、赤黒くて目と口らしき穴が空いているドロドロとしているスライムであった。
俺の体はアスファルトで固められたように動かない。
脳内で警告音がウーウー鳴り響いている。
赤黒く可愛くないスライムはこちらに手のようなものを近付けてきた。
それは掴んでも掴むことのできない液体のような手で、絶対に触られたくないとか思う。
今度こそ俺は死んでしまうかもしれない。
どうか俺のことをいつまでも忘れないでください。


「ダメです!」


彰時とスライムとの間に現れたのは一人の少女だった。
少女は両手を広げて彰時を体を張って守ろうとしているようだ。
スライムが狼狽えたように後ずさると、少女は両手を絡めて祈るようなポーズをとる。


「“哀れで愚かな零よ。今暫し眠り賜え。永き眠りから目覚めし刻、我等が呪われし零から解放することを誓おう”」


呪文のごときその言葉を聞いたらしいスライムはスライムのくせに砂のように風に吹かれて消えていってしまった。
その前に、スライムには耳なんてあったのか。
スライムが消えてしまってから安心しきったような声で「出来た…」と呟いたような音量で独り言らしきことを言った。
すると、その少女は振り返って彰時を見る。
可愛い系というか、癒し系というか、そんな少女であるようだ。
何やら少女はフレーム無しの眼鏡をかけているようであった。


「急ぎましょう」


「あ、え、あの…どういう…?」


意味不明な状況が続き頭は闇鍋状態だ。
少女はほうけている彰時の腕を掴んで駆け出す。
がくがくと頭と眼鏡を揺らして彰時も駆け出すと、急な浮遊感に眼鏡が外れかける。
慌てて眼鏡を直してからこの浮遊感の原因を確かめようと足がついていないようであったため下を見てみた。


「い、ああぁぁぁあああっ!?」


俺は人生で初めて、空を飛びました。
地面が遠い。
空に届きそうだ。
このまま落下したら骨が折れるどころではない。
骨がバーンて一気に弾けてしまう。
彰時の腕を掴んで飛んだであろう少女もこの高さに驚いているようだ。
ちょ、マジで本気でホントにガチで何とかしてくれ怖い怖い高いの怖い。
更にこの急降下。
これジェットコースターみたいなんてもんじゃねーぞ、スリルっていうより死ぬぞこれ。
すると、少女が彰時をお姫さまだっこするように抱え、学園の屋上に何の衝撃もなく花弁のように着地した。
え、さっきの出来事って何だったんだくらいの衝撃だった。


「えっと…、彰時…さんですよね?行きましょう」


可愛い系の顔が真剣と緊張で強張ってしまっている。
何ともったいないことか。
屋上のドアを開けた少女は学園内へ入っていった。
てか、ちゃんと戸締まりしろよな。
屋上から入るやつはいないだろうが。
とりあえず彰時も学園内へ入る。
学園内は明かりがついていて明るく、すぐに少女の背中を見つけられた。


「どこ行くの?」


「特別室です」


簡潔にそれだけを答えてまた無言で歩き続ける。
この鉛みたいに重い雰囲気、誰か俺を助けてくれ。
そろそろ特別室に着く。
特別室のドアを開けると昼と同じような光景が広がっていた。
一つだけ違うといえばあのいつも鬥浪の隣に寄り添っている那乃羽がいない。


「やぁやぁ、来てくれたね勇者たち」


「あなたの言ったとおり…連れてきました」


「ご苦労様、和佳」


少女の名前を呼んで少女に向けて微笑んでみせた鬥浪。
少女は緊張という毒ガスをはーっと思いきり吐き出して上がっていた肩を下ろした。


「さて、改めて説明しないとね。うーん、めんどくさいから…じゃあ和佳、復習はできてるね?」


「はっ、はい!」


和佳という名前らしい少女は鬥浪の方から体を彰時の方へと向けた。
和佳は「えっと…」と頬を赤らめて俯く。
おいおい、まさか俺に一目惚れとか?
いっやぁ、君良い目持ってんね。


「あ、行っておくが和佳は人見知りなだけだから。決して、決してお前に惚れた訳じゃないから」


「がはっ!!お前、俺の心読むんじゃねーよ!!てか、決してって二回言わなくてもよくねーか…?」


「だって顔にふっとい字で書いてあるから。えー、だって本当のことだしぃ」


クスクスと笑って頬杖をついている鬥浪にムッとしてみせる。
わかってるさ、俺の年齢=彼女いない歴だっていう現実はな。






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あきゅろす。
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