6
平行世界と現実世界とを繋ぐ扉を開けたところで、那乃羽は後ろを振り返り彰時と和佳を見た。
何だろうと見つめ返していると、那乃羽は持っている剣を両手で持ち、自分に突き刺したのだ。
「な…!?」
だが血とかそんなもの出ずに、体と剣の接合部は波紋のように歪んでいて、剣が元いた場所に帰るように“鞘”に仕舞われた。
目だけはそのまま彰時らを見たまま背を向け、扉をくぐっていってしまう。
『ただいま帰りました。リーダーに言われた通り実行しました』
『ご苦労様、これでいいんだ。これで気付いてくれれば良いんだけど』
脳内に響く明らかに彰時らに向けていない言葉が小さく聞こえる。
鬥浪は「あれ?」と何かに気づいたような声を出してマイクであろうものに近付いたせいか音量が大きくなった。
『電源消してないや、いっか別に』
ブツリとマイクの電源を消したようだ。
彰時は和佳と目を合わせ後ろ頭を掻く。
『あー!!そうだったよ彰時くん、和佳。言い忘れていたことがあったんだった!!』
消してすぐにまたつけて叫んだ鬥浪に耳を塞ぐ。
てか、耳塞いでも脳に響くんだから意味ないか。
『二人とも、絶対に別行動はとっちゃダメだよ?それだけ、じゃあねー』
そして直ぐ様電源を切った鬥浪。
あいつは一体何なんだ。
改めて頬を掻いて、彰時は和佳を見つめ直す。
「さて、どうしようか?」
「とにかく、歩いてみましょうか」
和佳は落ち着いていた。
まだ少し警戒心は残っているものの、大体は警戒心を解いてくれたらしい。
小走りで進み出した和佳を早歩きで追いかけていく。
隣で並んで歩いているものの、いつ出てくるかわかったもんじゃない。
ホラーゲームみたいに銃さえあればバンバンッてかっこよく退治できるのにさ。
そしたら和佳ちゃんに「すごいですかっこいいです彰時さん」とか何とか言われちゃったりして。
と、鼻の下伸ばしている場合じゃないな。
和佳の方をチラリと見てみた彰時は、窓に貼り付いている何かに気付く。
思考フリーズ。
窓に貼り付いていたのは目を真っ赤にギンギラギンに輝かせてこちらを見ている女性に似た何かであった。
顔立ちは女性らしく整ってはいるが、眼球は入っていない空の目からは内側から発せられているだろう赤い目がある。
長くて黒い髪は厚くボサボサだ。
裸で胸があるがそれから下はまるで蜘蛛。
六本の足がある無魔は彰時ではなく和佳を見ていた。
それに気付いた彰時であるが、和佳は全く気付いていない。
くそっ、和佳ちゃんを守らなくては。
一番上にある人で言うなら右手を振りかぶる無魔。
この窓ガラスを割る気だ。
彰時は咄嗟に和佳を抱き締めて床に飛び込む。
着地する直前に窓ガラスが割られて月明かりでガラスの破片が輝いているのが見えた。
彰時は自らを下にして和佳を庇うように背中を床に叩きつけることになってしまう。
これ、マジで穴でも空くんじゃねーのか。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だいじょ…、ゲホッガハッ」
強く叩きつけてしまったようで思わず咳き込む。
甲高い叫びをあげたのはどうやらさっきの無魔のようだ。
和佳は顔だけを後ろに向けてから、決意を決めたように立ち上がる。
「和佳…ちゃ…」
「大丈夫、大丈夫です」
それは彰時に言ったのか自分に言ったのかよくわかっていなかった。
無魔と向き合う和佳は二度深呼吸をしてから目を閉じる。
出来る、わたしなら…きっと。
和佳は覚悟を決めて自分の右手を体に突っ込んだ。
後ろで彰時が驚いたような声を出してまた咳き込み始める。
「わたしが、守ってみせます…!」
右手に何かが触れた。
それを力強く握り締めて引っ張り出す。
「力を貸してください…っ、“悲劇ノ乙女(ウンディーネ)”!!」
和佳の体から現れ、和佳の右手に握られていたのは一本の槍だった。
水のごとくしなやかで女性らしい形をした刃。
持ち手は藍鉄がかかった色をしていて何の飾りもない真っ直ぐとした柄。
柄の一番下にはシルバーのチェーンで繋がれた美しい女性を模したものが繋がれていた。
槍を持った和佳に無謀にも襲い掛かる無魔は六本の足で駆け寄ってくる。
和佳は槍を回してから廊下の床を槍の後で一度叩いた。
叩かれた地面は波紋を広がらせたかと思えば床から水が現れる。
その水が無魔に襲いかかり無魔はあっという間に水の空間の中に閉じ込められた。
無魔に向かって目にも止まらぬ速さで駆け出した和佳。
「はぁぁぁああああッ!!」
和佳は槍で水を一突きしたかと思えば、無魔を捕らえていた水の空間は無魔ごと弾けた。
くるりと空中で後ろに回って元いた場所に帰ってきてからスッと目を閉じる。
「…ごめんなさい」
もういなくなってしまった無魔に一言謝ってから、彰時の方を向く。
彰時はぽかんと座り込んだまま和佳を見ていて、和佳はニッコリと微笑む。
「さぁ、行きましょうか」
槍を持っていない左手で彰時に向けて手を差し伸べる。
彰時は和佳の手を取って立ち上がった。
ニッと白い歯を見せて笑った彰時と共に歩き出す。
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