5040回目の着信


 博幸との生活は破綻していた。顔を見ても声を聞いても触れられても、そのすべてが放たれるこの1LDKも、私を疲れさせるだけだ。

 福島の景気は博幸から聞いていた通り芳しくなかった。

  北の人間は冒険を嫌う、なぜぼろぼろの借金まみれになってもすぐに潰れないのかわかるか?毎日少しでも借金を返すためには工場をストップさせるわけにいかないんだ。休むっていうのは負債なんだよ。中小企業が必死になって少しの金をつくり、それを借金の返済に回し、会社を継ぐのは息子と決まっている―

 博幸はそう言っていた。どこまでが本当かは知らない、しかし確かに仕事は少なかったし、求人広告に記載された時給も信じられない額からのスタート。ここへ来て、私の収入は激減した。

 持ち帰った資料をめくりながめていると携帯電話が鳴った、液晶画面に懐かしい名前、田島。中学からのの友人だった。

「どう最近」
「どうもこうもないわ」
「飯でも」
「ごめん今、福島」
「まじですか」
「まあいろいろありまして」
「あれ、この前電話した時は―」
「一年くらい前?」
「あの時は確か九州?」
「いやあん時は実家、かなあ、でもあんたが横浜で」
「ああそう、そうか、その前が九州か」
「うん、で、なに、飯?行こうか」
「どうやって」
「帰るわ」
「そんな簡単でいいんか」
「まあ、いろいろありまして」

 田島が電話をしてくるのは、決まって私が身動きの取り方を模索している時ばかりだった。むろん、彼はそれを察して電話してくるのではない。察しようがないのだ。私たちは半年や一年全く連絡をとらないことなどザラにあった。それでも例えば遠くにいても何かを察知する双子のように―と言っても得に何も意識していないけれど―、田島は私に電話をしてくる、「飯でも行かないか」と。

 私たちは恋人同士でも親友でも、もちろん双子でもない。田島とはいつも何かがずれている。時間とか場所とか、価値観とか。それでも田島に救われたくて携帯電話の番号だけは七年間変えずにいた。



 電話をもらってから二週間、もともと多くなかった自分の荷物をまとめ、預金を少しおろした。仕事は「実家に戻る」と言って辞めた。
 慣れたな、と思う。身勝手に振る舞うことに、だ。仕事を辞める時の罪悪感はどんどん薄くなっていく。きっともうすぐなくなる。嘘もすらすら出る、辞められさえすれば嘘がばれてたって問題はない、もう郡山は他人だ。

 あるいは、私はもともとがそういう人間なのだ。身勝手で、無責任で、嘘つきで―そんなふうに考えると、いくらか楽になれるのだった。
 
 外の風は肌寒いのに、窓からそそがれる日差しのせいで春の陽気を思わせる鈍行列車。郡山の冬を見ることはついになかった。



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